公共哲学と法

担当教員

井上 達夫

配当学期・曜日・時限

冬学期 金曜 2限

内容・進め方・主要文献等

価値観や利害が多元的に分裂競合する現代社会において、公共性とはまた、公私の区別は一体何を意味するのか。そもそもかかる多元的社会において公共性を語ることは可能なのか。公共性の主張は結局、特定の私的利害や私的価値関心を他者に押し付けるためのイデオロギー的合理化装置に過ぎないという批判にいかにして応えうるのか。
多元的社会における公共性なるものが可能だとしても、かかる公共性をもつ価値の形成・発展に対して、法は桎梏なのか、促進条件なのか。そもそも、かかる多元的社会において法が公共的な正統性をもちうるための条件は何なのか。
 公共政策の前提となるこのような基本問題について、現代の「公共哲学」および「公共性の哲学」をめぐる論議を展望し、かかる論議の争点を民主主義と法の支配の関係をめぐる法哲学的論議と連動させて検討することにより、理解を深化させ、個別政策課題に通底する原理的問題を把捉する能力の練磨を図る。授業方法は、導入のための講義と事前に指定した文献の査読を前提にした討議とを併用する。

授業計画


第1部 公共性の哲学的基礎

 第1回:公共性論議の背景と意義  公共性論議の社会的背景と思想的意義・対立構図を概観し、法の機能・正統性基盤の理解の深化にとっての公共性概念の解明の重要性を確認する。
第2回:徳としての公共性  「公共哲学」の再生という観点からリベラリズムを批判した共同体論・公民的共和主義の、共通善や公民的徳性を核にした公共性論を検討する。
第3回:討議としての公共性  徳論より討議的合理性の観点から、リベラリズムを利益集団多元主義や司法積極主義により民主的公共性形成を阻害したと批判し、市民の民主的討議実践を通じた公共性の再生を求める熟議的民主主義(deliberative democracy)の議論を検討する。

第4回:ジェンダーと公共性  「個人的なものは政治的である」という視点からリベラルな公私二元論を批判した第二波フェミニズムの議論の検討により、親密権と公共圏の関係を再考する。
第5回:文化的差異と公共性   従来のリベラリズムが国家の文化中立性の想定や集団的権利の否認により少数派文化集団への同化圧力や差別に加担してきたとする多文化主義の批判を検討し、文化的差異への権利と文化横断的な公共的価値原理との関係を考察する。
第6回:公共性の再定位――公共的理由  前回まで検討してきた様々なリベラリズム批判が含む洞察を生かしつつ、その限界を克服しうるような公共性概念の再定位のための指針として、領域的公私二元論ではなく公共的理由の観念を基礎にしたリベラルな公共性概念の再編がもつ意義を検討する。また、公共的理由を公共性概念の基礎にしながらも、これを特定政治社会内部の重合的合意に還元し、公共性の脱哲学化を図るジョン・ロールズの「政治的リベラリズム」の批判的検討を通じて、公共性の普遍主義的契機と文脈依存的契機との適切な結合の仕方を考察する。

第2部 公共性の制度的保障と法の役割

 第7回:法の手続的パラダイム  社会的コミュニケーション過程で生成する市民的公共性を政治的意思決定に転轍する上で法の媒介機能を重視した近年のユルゲン・ハーバーマスの「法の手続的パラダイム」の意義と限界を検討し、動態的な公共性形成過程と法の制度的制御との緊張関係と内的結合関係に関する基本問題を同定する。
 第8回:二元論的立憲主義  創憲政治と通常政治を区別する二元論の視点から民主的プロセスを優位に置きつつ立憲主義的・司法的人権保障に一定の役割を認めるブルース・アッカーマンの議論を検討し、公共性形成の動態化と公共性の制度的保障との結合という観点から立憲民主主義の意義と存在理由を考察する。
第9回:立法優位論  公共性形成における立法の司法に対する優位をラディカルに強調する近年の理論傾向(J・ウォルドロン、I・マウス等)の意義と限界を検討し、政治的決定の公共的正統性を担保する上での権力分立原理の意義を再考する。
第10回:立憲民主主義の再編  政治的意思決定システムにおける公共性形成を促進し保障する制度装置として適切に機能しうるような立憲民主主義の再編の方向を探求する出発点として、先進立憲民主主義諸国体制を包括的に比較するアーレント・レイプハートの二つの民主政モデル(コンセンサス型と多数者支配型)を検討する。その上で、レイプハートのモデル構成の限界を克服する代替的な民主政モデルとして私が提示した反映的民主主義と批判的民主主義のモデルを討議の素材にして、民主的政治過程における公共性形成に関する政治理論的洞察と、人権のような公共的価値の制度的担保に関する法理論的洞察とを統合する方途について考察する。
第11回:市場経済における公共性  「公共財」概念の限界や公正競争概念の規範的前提を検討することにより、公共性を市場経済システムに対する単なる外在的制約としてではなく、その成立根拠に内在する制約として捉える視点の意義を解明し、また市場経済が政治過程と競合する公共性形成の場になりうる可能性についても検討する。
第12回:市民社会の答責性  国家の階層的権力機構とも市場経済社会とも区別された市民社会的団体やネットワークによる公共性形成がもつ重要性を確認しつつ、その限界、陥穽について、「答責性(accountability)」概念を市民社会にも貫徹する観点から検討する。
 第13回:補足と総括的討議   以上の授業の論題に関し必要に応じて補足をするとともに、本授業の主題全体に関わる総括的討議を行う。

教材等

[主教材]各回の授業テーマの教材として配布する文献のコピー、および井上達夫編『公共性の法哲学』ナカニシヤ出版、2006年。
[参考書]井上達夫『他者への自由――公共性の哲学としてのリベラリズム』創文社、1999年;同『法という企て』東京大学出版会、2003年。

成績評価の方法

レポート等による。

関連項目