市民社会組織・政策論

担当教員

田中 弥生

単位数 / 使用言語 / 配当学期

2単位 / 日本語 / 夏学期

授業の目標・概要

【問題意識と目的】市民社会は万能ではないが、健全な政治、経済発展など全てのものの前提である。この領域で、公益を目的に自発的に行動する個人を結集する器が非営利組織である。国際社会では、連帯運動に象徴される市民の自己組織化が東欧革命の成功を導いたことを契機に非営利組織を市民社会組織と呼ぶことが多くなった。市民社会組織は先進国、途上国を問わず政府の代替機能を果たしているが、本講ではそれ以上の役割に着目する。第1に、その創造性豊かなイノベーション力をもって制度や政策など社会システムを変えようとする社会変革の役割であり、第2に高度に専門分化した知識社会において、知識ワーカーと社会との媒介役を果たし、その市民性を創造する役割である。他方、市民社会セクターの実態の解明は未だ不十分で、また、昨今各国政策の重要課題になっているにもかかわらず制度設計上の未熟さや混乱も目立つ。
本講義は、市民社会セクター像を量的、質的に俯瞰することを試みた上で、それを構成する市民社会組織(非営利組織)の役割と機能について、経済学やドラッカーの知識社会論に基づき説明する。そして、日本の市民社会セクターの現状と課題、政策的影響について分析する。日本の非営利組織が、様々な課題を克服し、市民社会で効果的に機能するためには、まず民側から行動を起こす必要がある。その策として評価と仲介機能について論ずる。また、市民社会に政府が関与することにはナイーブな問題を孕んでいる。その理由を明らかにすべく、公共領域を複数のドメインに区分し、歴代政権の政策がどこに位置していたものかを考察する。

【内容】以下のような内容を網羅する予定である。詳細は詳細版を参照のこと。
・社会統治から捉えた非営利組織論 ~ドラッカーのナチスの批判的分析より~
・市民社会セクターの規模と供給量:国連統計サテライト勘定から
・市民社会組織論:経済的アプローチ、知識社会と市民社会組織の役割
・行政と市民社会組織(協働と下請け化)、市場と市民社会組織(CSR、社会的企業)
・良循環構築のための制度設計:エクセレントNPOと評価、仲介機能、税・法制
【文献案内】講義に応じて文献を配布する。

授業のキーワード

市民社会組織,NPO,NGO,社会変革,公共政策

授業計画

1. なぜ、市民社会組織・政策論なのか
市民社会の存在はギリシャ時代から指摘されてきたが、現代では、政府、市場、私的領域の間で、市民が織り成す公的領域を市民社会として説明されることが多い。
 そして、この領域で公益を目的に自発的に行動する個人を結集し、影響力ある成果を導き出す器が民間非営利組織である。民間非営利組織は、NPO、NGOなどの名称で呼ばれているが、本講義では、市民社会組織を用いる。この名称は、国際社会では頻繁に用いられているが、東欧の民主化革命が大きな契機となっている。  
近年、日本の歴代政権は「新しい公共」や「官から民へ」など、主要政策テーマとして掲げているが、制度設計に課題を残している。したがって、市民社会組織に関するバランスの取れた理解と正確な実態の把握に基づき、体系性のある制度設計が求められる。

2. 講義の目的
本講義は、まず、市民社会セクター像を共有し、その全体像を俯瞰することを試みる。すなわち、
国内外で、社会システムの改革を射程に様々な活動に取り組む市民社会組織を概観し、その上で、非営利セクターの規模やサービスの供給量(国家、市場との比較)について国連統計を用いて説明する。そして、市民社会組織に焦点をあて、経済学、社会学的な論点から、これらの組織論を概観する。
次に、市民社会組織の課題を分析する。ここでは、「官から民へ」や「新しい公共」政策に着目し、政府と市民社会組織の関係(行政との協働)、市場と市民社会の関係(CSRや社会的企業)を捉える。そして、財務データ分析やアンケート調査などデータを用いて、市民社会組織の課題を構造的に捉えてゆく。
 そして、課題解決の模索として、まず、個々の組織レベルに着目し、市民社会組織の経営・評価論を学ぶ。次に、政策的課題について着目する。ここでは、良質な市民社会組織が競って良循環をおこすような制度設計(自浄作用、社会装置、法制・税制)のあり方を仮説として設定し、その視点を以って、歴代政権の政策、現行の法制度、税制を分析する。

第1回4/5:イントロダクション 市民社会組織の役割
講義全体に流れる問題意識とテーマを述べた上で、講義の進め方(方針)、講義の構成について説明する。そして、少子高齢化、財政破綻の中で、政策的なパラダイムが大きく転換されようとして
いるこのような社会において、シビルミニマムをどう再定義するのか、受益と負担に対する国民意識をどう醸成するのか、そして市民社会組織は何を期待されているのか議論する。また、東日本大震災と市民の役割、全米文系就職人気No.1になったNPOが投げかける、産業界における雇用可能性の問題についても紹介したい。

第2回4/12:社会統治論から捉えた非営利組織 ~ナチス批判的分析と戦後産業社会論より~
なぜ社会には非営利組織が必要なのか。社会統治の視点から示したのがドラッカーであった。自らユダヤ人であり、ナチスドイツの屈辱を受けながら、その怒りを執筆のエネルギーに変え、人類が二度と全体主義に陥らないための叡智を模索し第二次大戦中にナチスの批判的分析を出版した。そして、この分析をもとに戦争が終わることを前提に記した社会統治論において、重要な役割を果たすのが企業と非営利組織である。

第3回 4/19:市民社会セクターとは何か「社会変革者の3つの機能」
市民社会組織は先進諸国、途上国の様々な国に存在するが、その役割は政府の補填あるいは代替機能をもって説明されることが多い。しかし、こうした補完の論理を超えて活躍する市民社会組織の姿が顕著になっている。特に、20世紀末から、世界の統治システムが大きくゆらぎ始め、従来の社会システムがうまく機能しなくなっているが、その間隙を突くように、市民社会組織は新たな解決策を示しながら彗星のごとく現れている。ここでは、事例を紹介しながら市民社会セクターの3つの機能について説明する。

第3回4/26:市民社会セクターとは何か「セクター経済規模と供給量」
ジョンズ・ホプキンス大学と国連統計局が開発した非営利サテライト勘定に基づき、日本、カナダなどの市民社会セクターの雇用数、ボランティア時間、寄付額支出額などを概観する。また、非営利セクターの公的サービスの供給量の推計と政府、市場セクターとの比較について、先行調査(米国)をもとに学ぶ。

第4回5/10:市民社会組織とは何か「経済学アプローチの市民社会組織論」
市民社会組織の存在意義を理論として説明したものとしては、政府の失敗、市場の失敗が有名であるが、ここでは公共財の分権的供給と多元的価値観、情報の非対称性などに基づく各理論について概観する。これらの理論は、市場と政府が十分に機能していることを前提にした理論であるがゆえにその限界もある。ここでは、クリティカルに理論を捉え、受講者の皆さんと議論してみたい。

第5回5/17:市民社会組織とは何か「ドラッカーの知識社会と市民社会組織」
従来の非営利組織論は、非政府、非営利であることを伝えるだけで、何をするものかを説明していないと批判したのはドラッカーであった。彼は、この批判に答を出すように、市民社会組織が社会にもたらす成果である「人間変革機関」と「市民性創造」の観点から独自の非営利組織論を提示した。ドラッカーは、第二次世界大戦直後より、知識社会の到来を予知したが、知識をベースに働く人々は地域共同体に代わる新たなコミュニティが必要になる。本講義では、知識社会という文脈の中で、市民社会組織が果たす役割について論じる。

第6回5/24:変容する公共領域と市民社会「政府と市民社会組織」
「官から民へ」をスローガンにした行財政改革は、小泉政権以降、特に顕著になった。政府部門が担ってきた社会サービスを民間にアウトソーシングする政策が施行される中で、その影響を最も受けたのは、同時期に法制度が施行され設立されたNPO法人である。具体的には行政業務の委託が多くの自治体で行われたが、それは市民社会組織の収入構造、行動様式に変質をもたらし、「下請け化問題」の問題を引き起こした。ここでは、下請け化現象を分析し、その原因を行政側と市民社会組織側の双方から分析する。

第8回5/31:市民社会組織の課題「市場と市民社会組織 ~財務データにみる社会企業の持続性の問題~」
NPO法が施行されて10年余が経ち、その数は4.6万団体に及ぶ。既にNPOという言葉は市民権を得るに至った。しかし、その経営基盤は未だ脆弱で、公的資金への依存度が極端に大きく、寄付は極端に少ない。ここではNPO法人の財務データの分析結果を使いながら、経営的課題の構造を明らかにする。

第9回6/7:ゲストスピーカー 言論NPO 代表 工藤泰志氏
言論NPOとは、民主主義のインフラ構築を掲げ、元東洋経済編集長の工藤氏が設立した認定NPO法人である。マニフェスト評価、日中フォーラム、外交問題評議会への参加などの活動を展開している。ここでは日本の民主主義について皆さんと議論すr。

第10回6/14:良循環構築のための制度設計「インターメディアリ1」
良循環を構築するためには、個人などの様々なリソース(金銭・人材)提供者と市民社会組織を仲介する機能(インターメディアリ)が必要である。ここではまず、リソースと市民社会組織の間で起こっているミスマッチ問題を分析した上で、その解決先としてのインターメディアリの機能を、ロナルド・コースの取引コスト論をベースに説明する。

第11回6/21:良循環構築のための制度設計「インターメディアリ2」
取引コスト論に基づくインターメディアリ機能は、市民社会組織の現場でいかに機能しうるものなのか。その事例を米国、英国を中心に分析する。我が国でも、東日本大震災において、市民から寄付を集めNPOに配分するインターメディアリが複数存在した。しかし、それがどこに資金を投じ、どのような成果をもたらしているのかはあまり知られていない。ここでは、日本のインターメディアリの可能性と課題についても議論したい。

第12回6/28:非営利組織の評価
非営利組織には、企業の利潤にあたる業績判断の「ものさし」が存在しないためにマネジメントはより難しいと述べたのはドラッカーである。しかし、利潤に代わるものを見出すために評価手法の開発が試みられてきた。多くの手法は、1960年代より政府や政策評価で開発されたものを借用する方法で民間非営利組織に用いられてきた。ここでは、評価概念および用語の基本を理解した上で、市民社会組織を取り巻くステイクホルダーの関係図を示し、それぞれの視点別に、評価の種類、手法を概観する。

第13回7/5:市民と非営利組織の良循環「エクセレントNPO評価基準」
強い市民社会を築くためには、市民の受け皿となる市民社会組織の役割が重要になる。しかし、日本のNPOセクターはその役割を果たしきれず、政策的な影響を受けて脆弱になっていた。そこで、市民社会組織としての原点に戻り、めざすべき方向を示すために作られたのが「エクセレントNPO評価基準」である。ここでは、評価基準の背景にある思想、基準の設計方法、概要について説明する。

第14回7/12:NPO支援策の課題~政府はなぜボランタリズムを萎縮させたのか~ 
わが国においては、市民社会組織を規定する代表的な法制度としてNPO法と公益法人制度である。また、寄付税制の優遇措置も設けられている。しかしながら、いずれもうまく機能していない。その背景には政府が府省の施策の実行手段としてNPO法人を活用してきたことが挙げられる。そこで、自民党、民主党の歴代政策を概観した上で、政府はなぜボランタリズムを委縮させてしまうのか、政府は何をすべきなのかについて議論する。

授業の方法

講義形式による

成績評価方法

クラスでの発言とレポート

教科書

田中弥生著(2012)『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』集英社
田中弥生著(2011)『市民社会政策論 ~3.11後の政府、NPO、ボランティアを考えるために~』明石書店
田中弥生著(2008)『NPO新時代 ~市民性創造のために~』明石書店
E.ボリス、C.E.スターリ編著上野真城子・山内直人訳(2007)『NPOと政府』ミネルヴァ書房
田中弥生著(2005)『NPOと社会をつなぐ ~NPOを変える評価とインターメディアリ~』東大出版会

履修上の注意

2009年開講のNPO論を受講した者は単位にならない。

関連項目

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