公共政策大学院を修了する皆様へ -告辞にかえて-

2011年3月24日

公共政策大学院の修了生へ、本来でしたら皆様の晴れがましい顔をひとりひとり確かめながら学位記を手渡し、そこで、ささやかなはなむけの言葉を送るつもりでおりました。しかし、それもあいなりません。今回の災害とそれに引き続く状況を考慮して、このような形で皆様へのメッセージをお送りいたします。

本日、公共政策学修士(専門職)の学位を得て東京大学公共政策大学院を修了された98名の皆様、修了おめでとうございます。今日に至るまでの皆様の努力を讃えるとともに、その真摯な学びの姿に敬意を表したいと思います。また皆様を支えてこられた御家族の方々にも、御祝い申し上げます。

東京大学公共政策大学院は、時代が直面する課題を適切に認識し、それに対する対応策を構築、評価するとともに、それを国民に伝達し、合意を形成することのできる高度の能力を皆様が身につけることのできるよう、教育に邁進してきました。本大学院の教育課程を修了した皆様方は、これらの能力を身につけ、政策に関わるプロフェッショナルとしての活動を今後展開してゆくことと思います。

しかしながら、教育の力は、万全のものではありません。幼年期より世に名だたる家庭教師に取り囲まれ、厳しく人格教育を施されたにもかかわらず、後に成長して暴君となった者を評して、あるローマ史家はこのように記しました。「教育というものは、教育などしないでもいいという幸福な事態でない限り、たいした効果のないものなのである」と。

しかし、たとえその効果が限定されているとしても、大学という機関は、そのひとつである公共政策大学院という機関は、教育を続けます。なぜなら、教育という知識の伝達とそれを活かすことのできる人材を育成するという活動は、将来を担う人々に希望を託する行為であり、また、それによって現在から未来へと続く社会へ大きな寄与をなしうる可能性を持っているからです。たとえ教育が万能ではないとしても、それは未来へ引き渡すともしびです。公共政策大学院における教育は、直接に社会を変える力まではないかもしれませんが、社会をよりよい方向へと変える力を持った人々を育てることはできると信じております。

公共政策大学院を修了する皆様が、今後も自らを教育し続けるという幸福な条件を備えた者であることを確信し、そして、社会における知識の拡大とその実現という希望を託され、それをさらに将来につないでゆく者であることを期待しています。この震災が、日本の社会や経済に及ぼす影響が長期化することが予想される中で、この社会を復興する力は、今まで大学等を中心として生み出されてきた新しい知識と技術であり、また、それを社会へと結びつける実践と構想力でしかあり得ません。皆様が、本大学院で培ってきた力を、社会の復興のなかで、活かしてゆくことを願っています。

専門職大学院としての公共政策大学院を修了した皆様は、今後、公共政策に関するプロフェッショナルとして活躍してゆくことが期待されています。ここで、プロフェッショナルとは、どのような意味を持っているのでしょうか。

第1に、それは、特定の領域に関する専門的な知識と技術を習得しているということを意味しています。政策の作成、執行、評価といった局面において、どのような作業が必要となるのかを理解し、それを遂行できる知識と技術を有していることが求められています。これらの知識や技術は、日々刻々と進歩してゆくでしょう。これらの新しい知識や技術を社会活動の中で自ら学習し続けることによって、高い水準を維持することが皆様に課せられています。

第2に、これらの技術をもとに、社会の中で現実の課題に対して立ち向かい、高い倫理観のもとに、最善を尽くすということが求められています。高い技術を持っていることは、これを用いなければ潜在的なものに留まってしまいます。自分に備わった技術や知識を目の前の社会経済の課題の解決に用いて、少しでも望ましい方向へと社会を形作って行くため、たゆみない努力が必要となります。

そして、第3に、未だ誰もが直面したことのない社会的な課題に対して、自分の有する技術と知識を下に、これを絶えず拡大してゆきながら「日々の要求」に応え、挑戦するということが求められています。知識や技術の応用は、単なるルーティンの繰り返しではあり得ません。そこに、挑戦がある限り、創造を必要としています。

技術、努力、そして挑戦の3つを自らの社会活動の柱として支え、それを社会の中で活かし、よりよき社会の実現に向けて少しでも寄与するということが、プロフェッショナルとして求められる姿だと考えています。このような姿を心に秘めながら、修了生の皆様が様々な領域で活躍してくれることを願っています。

また、現代社会におけるプロフェッショナルは、個人として孤立したものではなく、様々な専門領域の織りなすネットワークの中でつながりながら、仕事を進めてゆくことが求められています。それゆえに、公共政策大学院を修了後も、重なり合ういろんなネットワークの中で、皆様はお互いに出会うことも多く、また、新しい人々とつながってゆく機会にも恵まれることと思います。それは、研究のネットワークであったり、また、政策コミュニティーのネットワークであったり、同窓生のネットワークであったり、といろんな形をとることでしょう。そして、ネットワークをうまく使う者は、また同時に、ネットワークにうまく使われる者でもあります。

後になって振り返るとき、この式典抜きの修了は、3月11日の東北地方太平洋沖地震の記憶とともに、思い出されるでしょう。この地震は、大きな被害をもたらしました。被災地における被害が明らかになる中で、失われた人命、家屋等の大きさに深い悲しみを感じずにはいられません。しかしながら、物資等が十分に行き渡らず、不安におののく生活を強いられる中で、冷静にふるまうことのできる被災地の方々の心の強さや、救援、救出に全力を挙げて取り組まれている関係機関の方々の努力は、我々に希望を与えるものでもありました。このような中においても、つながる力は、危機的状況を乗り越える力であり、そして復興へと向かう力であるという思いを強くしています。

修了生の皆様が、今後、いろんな社会のつながりの中で、技術と努力と挑戦とを胸に刻んだプロフェッショナルとして、この復興の様々な場面で活躍し、社会とともに成長する姿を見い出してゆくことを信じ、また期待して、告辞にかえる言葉といたします。

東京大学大学院
公共政策学教育部長
田辺 国昭