2013年度 東京大学公共政策大学院 リスクマネジメント講座 ワークショップ
『我々の健康寿命をマネジメントするのは誰か』

【日時】
- (開場13:00)
【場所】
東京大学本郷キャンパス伊藤謝恩ホール(伊藤国際学術研究センター 地下二階)
【主催】
東京大学公共政策大学院
【寄付】
株式会社損害保険ジャパン

開催趣旨

我が国の平均寿命は長らく世界のリーダーであり続けています。これを支えてきたのはアクセスと質の良い医療と言われてきましたが、高度な医療技術の導入、高齢化の進展に加え、生活習慣の変化に伴い我が国の疾病構造は大きく変化しています。高血圧性疾患や糖尿病などが主要な傷病の上位を占め、疾病、生活習慣病の予防や早期発見など健康長寿につながる様々な技術が開発されています。我々が健康な人生を過ごすための、医療機関や介護施設を含めた様々な分野の連携の必要性は急速な高まりをみせ、日本が戦後積み上げてきた医療システムについても将来を見据えた再構築が迫られています。

本シンポジウムでは、我々の健康に役立つ技術を日常生活に効率的に取り入れ、安心してそして確かに継続してくための仕掛けづくり、社会システムの再構築をテーマとして我が国の最先端の研究者や実務家の方々に以下のような様々な切り口から議論していただくことと致しました。

  • 地域医療連携、コホート研究・運用のありかた
  • 医療・診療関連情報の運用のありかた
  • 予防医療に対する費用負担・社会インフラのありかた

【プログラム】

13:30-13:40
開会挨拶
伊藤隆敏・東京大学公共政策大学院 院長
13:40-14:20
講演Ⅰ
榛葉信久・味の素株式会社研究開発企画部
『アミノ酸が拓く健康創造社会「アミノインデックス技術」の応用と自治体での取り組み』
  • 味の素は食品分野・バイオファイン分野・医薬健康分野などで、アミノ酸の持つ無限の可能性を追求しさまざまな領域への事業を展開している。医薬・健康分野では臨床栄養を基盤に主に消化器疾患や代謝性疾患領域に特化した薬づくりを行っている。
  • アミノ酸はいろんな化合物を総称したもので500以上存在。アミノ酸は代謝のハブで、臓器間のインタラクションに重要な物質。血漿中には約1gのアミノ酸が含まれており、恒常性が保たれている。一方で、がんや肥満・DM・心血管疾患等、さまざまな疾患で血液中のアミノ酸濃度が変動することが知られている。アミノ酸プロファイルは個体差があり、質向上のため3万人以上の個体差を継続的に測定しサービス形態を作り上げてきた。遺伝子情報については十分なデータを持ち得ていないので、他と研究協力したい。
  • アミノインデックス技術について:
    5年後に糖尿病を発症する上でのバイオマーカーとなりうるといった研究結果が報告されるなど注目されつつある指標である。味の素の基盤技術として、アミノ酸分析技術が存在するが、島津製作所とのコラボで現状最短の7分で分析が可能。アミノ酸は採血後の時間経過に伴って濃度が変動するが、低温保存可能なキューブクーラーが医療機関で使用されている。何れも日本製。
  • アミノインデックス技術を用いたがんのリスクスクリーニング
    3万人以上の検査・診断情報付きデータを蓄積、アミノプロファイルデータベースを構築し、アミノ酸データをインデックス化することによって種々の疾患特異マーカー・病態サロゲートマーカーを探索可能とした。血漿アミノプロファイル(バランス)によって各種がんの固有の変化を特定可能。CEAなどの既存の腫瘍マーカーでは、がんのステージが3〜4レベルに達しないと上昇しないのに比べアミノ酸は早期がんに対し高い感度・特異度を有する。さらに、内臓脂肪肥満の検出も可能。アミノインデックスがんスクリーニングの特徴は、一回の採血のみで複数のがんリスクがわかり、早期がんの検索に対応していることである。AICSは、早期がんでも検出可能であるが、確定診断ではないため、平行してリスクが高かった人には追加的精密検査を受けてもらう必要がある。感度は早期でも進行がんでも変わらない。トリプトファンやヒスチジンはどのがんにおいても共通の変化を見せるが、スレオニンやロイシンなどは癌ごとに変化を見せるといった特徴がある。
  • 京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区
    個別化・予防医療時代に対応したグローバル企業による革新的医薬品・医療機器の開発・製造と健康関連産業の創出を目標に取り組みを行っている。神奈川県では2013年4月から保健医療計画の改定でアミノインデックスを盛り込んだ施策を打ち出し、AICSで要精査データを神奈川県のがん登録と対比させたフォローアップを行えるような連携システムが立ち上がりつつある。将来はテーラーメード医療・栄養の実現による健康関連製品・情報の創出など日本経済の持続的な発展の牽引を目指している。
14:20-15:00
講演Ⅱ
宮川照代・NPO法人健康づくり0次クラブ 事務局長
辻井信昭・NPO法人健康づくり0次クラブ 理事長
『ながはまの健康づくりの宝物~長浜市民1万人の健康調査の今~』
  • 2007年5月、長浜市と京都大学医学研究科が共同実施協定を締結し、9月からパイロット調査開始。長浜市民が自分の体質を知って自ら取り組む、将来世代の健康づくりを応援するための1万人規模のバイオバンクデータを蓄積・管理・運用している。長浜市民の30歳以上74歳未満の概ね健康な人を対象に、「0次健診」という独自の健診を実施すると同時に、検査結果、血液、尿などの研究試料を長浜市で匿名化した後に京都大学にバイオバンクとして、様々な医学研究に利用する。バイオバンクの所有権は、京都大学と長浜市両方が持つ。健診の結果は、医学的に健康づくりに活用できるものについては参加者に返却、内容によっては研究成果が還元できるようになったときに還元することとしている。
  • 健康フェスティバル:0次クラブでは市民の健康意識を高めるために、京都大学、公私病院、医師会、看護協会、各種技師会などの協力の元、「いきいき健康フェスティバル」を1年に1回程度開催するほか、地元住民を集めた小規模の健康講座を開催している。こうした啓蒙活動や広報誌などによりクラブの活動に関する認知度が上がり、徐々に検診参加者を増やし、市民有志の活動開始から約2年で累計1万人が受診した。
  • 事業に携わるすべての者が遵守すべき事項や基本的な仕組み(手続き)等を「ながはま0次予防コホート事業における試料等の蓄積及び管理運用に関するルール(ながはまルール)」として定め、京大医学研究科が実施する様々な研究は市民の貴重な善意により提供された試料等を活用することとこの事業が互いの信頼関係のもと成り立っていることを念頭に置いている。
  • ながはまルールのポイント:
    1. バイオバンクの形態に合わせている。
    2. 人権尊重を医学的利益より上位に位置づけている。
    3. 個人情報を長浜市が1次匿名化し、京都大学で2次匿名化
    4. 包括同意に近い、独自のインフォームドコンセントを採用。具体的方法が定まっていない内容を含む計画全体に同意をもらい、具体的内容が決まったら情報提供をして同意撤回機会を提供する。
    5. 京大と長浜市の双方で個別に倫理審査。
    6. 遺伝子配列情報の非開示
    7. 定期的見直し
  • 2013年より0次クラブ内に第三者機関としてコンプライアンス委員会を設立。
  • ゲノム情報はプライバシーに関わる個人情報であり、厳重に扱う必要がある。1万人分のデータは市民どうしの地道な働きかけや京都大学の真摯な関わりによる信頼関係の下で出来上がったもの。研究者らがプライバシー保護を最上位に置きつつ、医学研究の利用も認める現実的で実効性のあるルール作りが課題。ながはまルールは2年16回にわたる審議の末、長浜市民、市当局、京都大学医学研究科をはじめとする、多くの人々の確かな意思と忍耐強い話し合いの賜物。バイオバンクを活用した研究を推進する際の倫理的課題を提示している。
15:00-15:40
講演Ⅲ
宇賀神敦・株式会社日立製作所 情報通信システム社 スマート情報システム統括本部 担当本部長
『ヘルスケアIT事業戦略』
  • 日立は社会イノベーションに関わるソリューション提供を事業戦略に掲げ、うちヘルスケア事業は同社の売り上げ面でも中核分野である。国内外合わせて200名を超える研究員がヘルスケア部門のソリューション提供に関わっている。
  • ヘルスケアITの基本戦略: 多様なステイクホルダーにとって利便性の高い包括的ヘルスケアサービスを提供するため、クラウドを中心に配置したビッグデータのセキュリティ・プライバシー保護に厳重配慮をしている。
  • ヘルスケアの市場構造:先進国においては一般的に Pre Medical Practice、Medical Practice、Post Medical Practice の3つの business phasesのうち医療行為により疾病管理がなされるMedical Practice Phaseに最もコストがかかっている。健康管理を行うことでMedical Practice Phaseにかかるコストを抑えられることが想定される。一般国民の医療費が税金で賄われるイギリスなどPre Medical Practice Phaseへの移行策を検討するところも現れている。
  • 英国の医療体制: イギリスではNHS numberという医療IDがかかりつけ医登録によって採番される。NHS numberは税金・年金・福祉に活用されるNational Insurance ID と異なり、医療に特化したもので、これをもとに診療情報の利活用がなされている。
  • 英国においては、糖尿病治療には入院費が65.8%を占め、総医療費にも大きなインパクトを与える。そのためマンチェスター地域では従来、糖尿病に着目し指導を行ってきた。
  • 英国貿易投資総省と保健省の協力により、日立はマンチェスター地域のNHSと2013年4月からITを活用したヘルスケアサービスについて共同開発を行うこととなった。日立はGlobal Center for Innovative Analyticsを設立したところであるが、さらにヘルスケアデータの解析に特化したthe Europe Big Data Research Laboratoryを2013年6月に設立した。今後はマンチェスターが行ってきた糖尿病疾病予防に加えて、日立のノウハウを組み合わせて医療コスト抑制と患者満足度向上に対する取り組みを行う予定である。
  • はらすまダイエット: 日本では予防介入事業の一つとしてはらすま(腹をスマートに)ダイエットを行っている。いわゆるレコーディングダイエットのような自己意識向上と専門家による介入を組み合わせてダイエット効果を高めるプロジェクト。体重の推移をインディケーターとしているが、糖尿病の指標となるHbA1cの値に影響を与えたり、生活習慣の改善にも役立っている。
  • 提言
    日本では高齢化の進展に比し、医療費のGDP比率上昇が緩やかなのは明らかだが、大規模コホートが少ないため、長寿の秘訣を含めた日本のパブリックヘルスの良さを示すエビデンスに乏しい。国家のガバナンスによる健常者コホートなどから他国の参考となるような理由を紐解くべき。また、日本の健康診断制度は予防領域において他国をリードしているので国際標準化、ガイドライン作成などに取り組むべき。
    現時点では日本は医療情報やヘルスケア情報の二次活用は進んでいるとは言えない。しかし、国民皆保険下のレセプトデータによるデータの量、入力者の資質に由来するデータの精度は高い。インセンティブとペナルティにも留意し、トータルケアシステムの導入やプライバシーガイド作成など、国主導でデータベース利用の推進を加速する必要がある。
    国民を識別する番号:マイナンバーとヘルスケアIDは、別々にすべき。
16:00-16:40
講演Ⅳ
田中謙一・桑名市 副市長
『保健医療のための情報連携-ドイツ及び桑名市の例-』
  • ドイツは人口構造、経済規模など日本と似通う点が多い。当事者自治を重んじる医療保険制度は異なる部分も多く、ドイツで採用されている仕組みは参考になるものもあるが、国民平等にアクセスが担保されながら医療費が抑えられている点等、日本の方が優れている点もある。
  • ドイツの社会保険番号: 公的年金保険分野に限定。公的医療保険分野では医療被保険者番号を利用。
  • ドイツの医療被保険者番号: 疾病金庫は各被保険者について医療被保険者番号を発行。さらに電子的保健カードに拡張。疾病金庫による電子的保健カードの発行を促進する措置に関する法整備が行われてきた。依然として発展途上にあるものの、日本がマイナンバー等の導入に際し、ドイツにおける取り組みを参照することは有益。
  • 桑名市の医療連携: 名古屋へ20分程度で通勤できるベッドタウンとなっている桑名市は人口の高齢化が見込まれる。そのような中で400床前後で二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の整備が求められた。平成23~26年度の合計では国からの地域医療再生臨時特例交付金を含めた141億円の財源を確保し、平成27年4月における新病院の開設を計画している。地方独立行政法人と医療法人を統合した病院の整備は全国で初めてのプロジェクトである。新病院開設後は地域医療機関との機能分担と連携を行い、在宅を含めた医療と福祉、介護の包括的な支援を強化する。
  • 三重医療安心ネットワーク: 三重県では複数病院にかかる一人の患者に対し、各病院のIDを紐づけし、複数の病院の診療情報を一覧できる診療情報アクセスシステムが導入されている。マイナンバーシステムとの兼ね合い等を考えながら、こうした新しい仕組みを活用すると同時に、地域における他職種の相互間での「顔の見える関係づくり」を推進することが重要と考え、「桑名市在宅医療及びケア研究会」「主治医とケアマネジャーの連絡票」などソフト面での地道な活動も進めていく。
16:40-17:25
ディスカッション
モデレータ 吉澤剛・大阪大学医学系研究科 准教授

  • アミノインデックス技術の国際展開
    それぞれの国の医療政策に合わせた進め方を模索中だが、システムのパッケージ展開が望ましい。(榛葉)
  • ドイツにおける電子的保健カード導入議論の争点
    IDカードに搭載するデータなど個人情報保護問題とカードリーダーなどの費用負担の問題。(田中)
  • 住民主導のコホートの特徴と第三者によるコンプライアンス委員会が立ち上がった経緯
    住民主導の場合は熱意をもって継続的に事業を実行できる特徴があるが、専門家ではないため、どんな問題が起きるか予想もつかない。ビジョンを共有できる専門家の先生方にアドバイスをもらい、合意形成を図りながら進めていくことが重要。(辻井)
  • 地域連携の工夫
    理念やグランドデザインはトップが行う必要があるが、現場を巻き込むために地域全体で連携する場の提供が必要。まずかかりつけ医にかかる意識を高めることも必要。(田中)
  • データベースの充実化、二次利用、個人情報保護法に対する日本国民の反応
    まずはデータ分析手法の確立に注力を。(田中)
    事前承認外の二次利用は行うべきではない。情報の非対称性がなくなれば不信感は解消される。(榛葉)
    市民と使う側、双方の道徳心・倫理観を高めていく必要がある。(辻井)
    ながはまのような、同意内容を随時変更できる体制整備はタイムリーな二次活用を担保し実用的。また、情報の有用性を十分に示すなど、双方向性が重要である。(宇賀神)
17:25-17:30
閉会挨拶
林良造・公共政策大学院 客員教授