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公共経済政策ワークショップ

2004年4月16日

「マクロ政策と為替市場:1997〜2003年の経験」

黒田 東彦 (一橋大学教授)

kuroda1第一回目の公共経済政策ワークショップでは、スピーカーとして前財務省財務官の黒田東彦氏(現一橋大学教授)をお招きし、日本の『マクロ政策と為替市場』をテーマに講演をして頂いた。

まず為替政策決定の難しさについて述べ、その主要因をマクロ経済と金融資本市場の間の複雑な相互作用にあると指摘した。金融資本市場がマクロ経済に与える影響は理論的にも実証的にも分かりやすい点がある一方で、マクロ経済が金融資本市場に与える影響については解明されていない点が多い。そうした中で政府は株式市場や社債市場に直接介入はしないことになっているが、他方で為替市場への介入に関しては国際的にもコンセンサスが得られていると説明した。

kuroda2  さらに、1997年〜2003年における日本のマクロ経済の状況と為替レートについての時系列的素描を行った。財務省での経験をもとに、政策現場からの視点で、アジアの通貨危機・国内金融危機等の外的環境の変化と、日本銀行の金融政策、財務省の為替市場への介入時期や程度との階層的関係について述べた。

最後に為替政策全体を俯瞰して、講演を締めくくった。為替介入の判断はマクロ経済の状況を見ながら行うが、不確実な側面が大きく外部からの予測は不可能である。また定量的なレベルでの効果は分かりにくいのが現状であり、従って短期的なリスクは大きい。ただ、非常に長い期間でみると、介入による金銭的な損得は帳消しになる傾向があると考えられる、と述べた。

以下は後半で行われた質疑応答の一部である。

kuroda3 Q:為替介入を行う際、ある程度事前の基準はあるのか?何兆円もの規模の介入の必要性と効果について具体的に伺いたい。

A:介入の基準に関しては、一般的に為替水準の幅と介入量をある程度決めて介入するということになっている。“効果”の評価については、なかなか難しい。これは、為替についての理論的モデルが確立されていないためでありたとえ円高を阻止できなかったとしても、介入しなければもっと円高になったかもしれない、という理屈も成り立つ。

Q:政府の介入は覆面介入とされるが、市場のディーラーには分かってしまうのではないか?それでも介入したふりをする等、やり方はあるのか?

A:私の前任の財務官だった榊原氏から介入をオープンにしたが、それまでの介入は事後的にも超極秘だった。介入は市場が予期しない形で行わないと効果が無い、という考え方が背景にあったからである。しかし介入額が巨額であるためアカウンタビリティの問題もあり、また発表することによる効果も期待できるという面もあろう。

kuroda3 政府の介入が露呈するかどうかについてだが、日銀から注文を受けた金融機関は守秘義務があるため情報が流れる直接の経路はない。しかしマーケット関係者の主張として、為替レートがマーケットのトレンドと逆方向に動くような大きな額の取引なので分かる、というのがある。最近はEBS(Electronic Broking System:コンピューターで外国為替を売買するシステム)の導入により少額で頻繁に介入ができるようになったため、覆面介入が行いやすくなった。覆面介入の是非についてはケースバイケース。

Q:介入される価格のターゲットは経験的にどのあたりが望ましいと思われるか?何らかの基準があるのか?

A:基準はない。介入を事後的に見て120円あたりにあるといえるかもしれないが、120円より円高になったり円安になったりしたとき必ず介入しているわけではない。いわゆる『ターゲットゾーン』は、為替レートが目標値からぶれたら戻す、という考え方である。一方『レファレンスレート』と言う考え方もあり、これは何が何でも介入して為替レートを調整しようとするのではなく、そのときの為替市場とマクロ経済の状況を見極めて判断すると言う考え方である。『ターゲットゾーン』の考え方を採用しているのではない、ということは言える。