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公共経済政策ワークショップ

2004年12月10日

農政の政治〈非〉経済学

山下一仁 (経済産業研究所上席研究員)

 

yamashita1今回の公共経済政策ワークショップでは、スピーカーに経済産業研究所の山下一仁氏をお招きし、WTO・FTA交渉を生き抜く農政改革と題した、今後の農業政策のあり方についての講演があった

<改革の必要性>

 まず山下氏は、なぜ農政改革が必要か、その理由を二つ挙げた。第一はWTO・FTA交渉によって、農産物関税引き下げを行った場合に、外国の安い農産物と競争するためには国内価格の引き下げが必要になる。第二は、農業の衰退に歯止めをかけなければならない。

 

<日本の農業保護の構造と原因>

 次に、農政改革の前提となる、現在の日本の農業保護の現状yamashita2についての分析結果についての説明があった。ここで、山下氏は、諸外国と比較して、日本の農業保護は高くないと指摘した。それにもかかわらず日本が農業保護主義国との批判を受けるのは、関税が高く消費者負担割合が大きく、財政支出による不足払いの割合が相対的に小さいためだと述べた。さらに、日本の関税は農産物全体で見ると非常に低いものの、米・麦・バターといった特定品目の関税が非常に高くなっている。

 続いて、なぜ関税依存の消費者負担型農政ができあがったのか、その検討がなされた。農業基本法設立当時、「貧農」という認識が世の中に広くあり、需給と関係なく米価を上げるために、生産者所得補償方式による米価政策と生産調整を行ったことが事の始まりだとした。しかし、それらの政策の結果「食糧自給率の低下」「国際競争力の低下」を招いてしまった、と山下氏は指摘する。

<改革内容>

yamashita3  農業基本法は農家の所得上昇を目指したものであるが、政策は直接的に所得を上げるのではなく、価格を上げることで間接的に所得を上昇させようとした。しかし、これが日本の農業を生産性の低いものにしてしまった。この反省から山下氏は次のように語っている。「経済政策の基本は、問題に対しダイレクトにターゲットを絞った施策を採るということである。農家に財政支出をするというダイレクトな施策を採らず、市場に介入したために、大きな副作用を招き失敗することとなった。」

 山下氏の改革を一言で言うと、「日本では、対象者を絞った直接支払いを行うべきである。(Target Policy)」ということである。農家一律の直接支払いでは、必要ない農家にまで補償することになるため、財政・国民負担が過大になるからである。

 具体的には、まず、生産調整を止め、農産物価格を需給均衡価格に下げる。そして、これで所得が困るという専業農家に対しては、価格引き下げに対して生産から切り離された直接支払い、さらに価格を国際価格まで下げるため耕作面積に比例して直接支払いを行うという施策を採る。米の値段が下がれば、自分で作るより買った方が得になるため、コストの高い零細農家は大規模農家に対して農地を貸し出すようになる。他方、大規模農家は農地を借り受けやすくなるので、農業規模が拡大し、コスト削減につながる。このように、直接支払いは零細農家の地代上昇と大規模農家の土地賃借負担軽減の両面に効果を及ぼすと山下氏は結論づけた。これによって、「食糧自給率の向上」、「米以外の農産物生産の拡大」、さらに週末しか農業をしないような兼業農家が退出することによって「農薬の使用の減少・環境にやさしい農業の推進」につながると主張した。

以下は後半で行われた質疑応答の一部である。

Q:アジアの農業国はどういう政策を採っているのか。

A:タイなどの発展途上国は、補助はほとんど行っていない。全就業者人口比では農業の割合が非常に高い一方、GDP比ではそれほどでもない。そして、資本が少なyamashita4くて労働が多く、労賃が安いために、労働を大量に投入する形で農業を行っている。なお、面白いことに、タイでは日本に学んで一村一品運動を行っている。

中国では都市部と農村部の賃金格差が激しい。これは、労働力の移動を禁止しているために生じている。労働力が移動し、賃金格差が解消されていけば、労働集約的農業の比較優位性は失われていくだろう。今後、中国は穀物について大輸入国になるものと考えられる。