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公共経済政策ワークショップ

2005年1月21日

規制改革と官製市場の民間開放

八代尚宏(日本経済研究センター理事長)

wsyashiro1規制改革とは、既存の規制を緩和するだけの規制緩和ではない。競争を妨げる規制を撤廃することと、競争を促進するための規制(競争政策)との組み合わせである。たとえば、平成14年から施行されたタクシー業界における需給調整の廃止などが、競争を促進させる規制改革の一例である。現在でも残っている需給調整の代表的な例として、本来は資格試験である筈の司法試験合格者数の制限や地域医療計画における病床数規制などある。これらの需給調整はこれからの規制改革の対象である。

経済学において、規制改革についての理論的な分析の枠組みを提供する例として貿易理論が挙げられる。国内の生産者を保護する関税や輸入数量制限などの規制は社会全体に損失を与える。社会全体に与える経済理論的損失を考えると、国内市場への参入障壁は保護貿易と同じであり農業分野や医療分野における株式会社規制はかつての外資規制と類似している。

それでは、なぜ規制が存在するのか。それは暗黙の内に、非営利産業における生産者の優越的な地位から生じる弊害を抑えるために存在する。他方で、独占的非営利産業はその公益性のためさまざまな規制で守られてきた。しかし、新しい技術や社会環境変化のなかで、これからは経済と社会の活性化のためにこれらの分野にも競争促進のための規制改革を行うことを検討すべきである。

経済学の用語でTFP(Total Factor Productivity、総要素生産性)という概念がある。これは、総生産増から労働と資本による寄与分を除いたものである。TFPはよく技術進歩による経済生産増への寄与度として言われることがあるが、それだけではない。TFPとは工業的な技術だけではなく、生産要素がどれだけ効率的配分されたかを現す指標でもある。

図1 日本の経済成長率の長期的推移

上の図を見ると日本の経済成長率は1960年代後半から1970年代の初めまでは約10パーセントの経済成長率、1970年代初めから1980年代前半までは約4パーセントの経済成長、80年代以降は1%強の経済成長を記録している。もし、現在の日本が生産要素を効率的に配分してTFPを上昇させることができれば、長期経済停滞から回復することができる。規制改革はそのためのひとつの試みである。

日本は年齢に依存した社会である。年功序列賃金がその例である。年功序列型賃金体系は、欧米における職種別賃金体系とは大きく異なる。現在、少子高齢化が進行し年功序列型賃金体系の社会的コストが増大しつつある。また、雇用者としての女性就業率が一貫して上昇し、働き方の多様化が進んでいる。これらの現状をふまえた規制改革を検討実行していかなくてはならない。

規制改革による経済効果は非常に大きい。産業規制撤廃による競争促進が市場の価格低下を促し、新たな需要と消費者利益の増大をもたらす。多様な経営主体の新規参入によって市場に供給されるサービスの選択肢が広がり、新たな需要が創出される。大規模生産による規模の経済と競争により企業の生産性が向上し企業利益が増大する。衰退産業から成長産業に労働力や資本が移動しやすくなり産業の活性化に結びつく。経済全体で効率よい資源配分が行われ、より高い経済成長が可能になる。

2003年12月に内閣府によってまとめられた「政策効果分析レポート」によると、これまでに行われた規制改革による社会的便益は14兆3千億円にものぼる。これは国民所得の11.3パーセントにもなる。

規制改革の一環として現在取り組んでいる課題に労働市場規制がある。原則的に職業紹介は国以外の主体が行ってはならないことになっていた。これは、悪徳な職業斡旋業者にから労働者を保護するためである。しかし、昨年の規制改革で、年収700万以上の職業については求職者への職業紹介手数料が自由化されることになった。職業紹介の自由化は労働市場の流動化を促し、産業間の労働資源配分を効率的行うことを可能にする。これから、年収700万以下の職業についても自由化する必要がある。また、派遣労働の期間や対象職種についても自由化を進めることが労働市場の効率化につながる。この件についても自由化を進めていかなくてはならない。労働市場における規制は現在雇用されている労働者の権利を守るものであるが、それが行き過ぎるとこれから労働市場に参入する新規労働者の権利を妨げかけない。そのため、労働規制改革による労働市場の改善が必要である。

医療制度も規制改革の必要が大いにある。現在、すべての医療は国によってカバーされている。しかし、これは結核等の伝染病が主な問題であった時代につくられた制度であった。現在、医療需要の多様化に直面し、すべての医療を国が保障するコストが膨れ上がっている。以下の回帰分析結果を見てもわかるように、一人当たり医師数が多いほど、一人当たりの医療費が多くなっている。これは、医療の供給が需要を作り出している。まさに医療版セイの法則である。

図2 都道府県別医師数と国民医療費

現行では、医療機関への支払いは点数制と呼ばれる出来高払いとなっている。これは医者が施した医療行為一つ一つには対し保険料が支払われるシステムであり、医療の過剰供給につながりやすい。これから超高齢化社会を迎えるにあたって、医療費の無駄を削除するためにも疾病単位につき一定額を支給する包括払い制度へと規制改革を進めるべきである。

また現在、原則として全ての医療行為は公的保険でカバーされることが原則とされており、基礎的な保険医療と民間の上乗せ保障を併用する混合診療が認められていない。これは、医者と患者の治療選択肢を狭めるものである。また、保険でカバーすることのでき医療行為はすべて厚生労働省によって決められているので、新しい治療法を勉強する医者とそうでない医者の格差がつきにくい。これからは一定水準の医療機関に限定して混合診療を自由化していくことが、医者と患者の両者にとって便益となり、同時に医療機関の質の向上へのインセンティブをもたらすであろう。

現在株式会社による参入が認められていない産業が多々ある。医療、農業、福祉、教育、法務などがその分野である。これらの分野が公益性を持つために利潤獲得と配当を目的とする株式会社には任せられないということがその理由とされている。しかし、これら公益性を持った事業は、必ず非営利法人が行わなくてはならないのだろうか。電力供給を行う電力事業は、公共性が高い事業であるのに東京電力などの株式会社によって運営されている。これは厳しい「供給義務」を課されることで、公益性が担保されているためである。事業が株式会社によって供給されるかどうかの是非は、最終的には消費者によって決められるべきである。もし株式会社によるこれらの公益サービスが満足いくものでなければ、消費者はそのサービスを利用しないだけである。さまざまな公益サービスに対して、一定の供給義務を定めると共に、経営主体に関わらず自由な参入を認めこれらの市場において新たな競争を促進させるべきである。

現在、構造改革特区という事業が地方自治体主導で進められている。これは特定の自治体に限り、その自治体の希望に即してさまざまな規制改革を実験的に行う試みである。これまで全国で324の特区が誕生した。とくに農業分野や教育分野の規制緩和が多くの自治体で行われている。中国やアイルランドの特区政策が国家主導で行われているのに対し、日本の特区政策は地方自治体が中心となって進められている。これは、地方分権のひとつの試みでもある。

以上、規制改革について述べてきた。経済社会環境の変化のなかで、消費者や労働者の多様な選択を妨げている多くの規制を見直す時期に来ている。規制改革は自由貿易政策と同じであり、日本がより効率的な資源配分と既得権に縛られない平等な社会となることによって新たな成長を遂げることを期待する。

質疑応答

Q1 講演の中で公務員にしかできないといわれている業務をみなおす必要があるとありましたが、具体的にどのような業務を見直すべきだとお考えですか。

A1 防衛、警察、消防などの危険を伴う業務は引き続き公務員によって行われるべきだと考えています。しかし、税金の徴収、刑務所の管理、駐車違反の取締りなどは、国がルールを定めれば、その実施自体は民間によって行われても支障はないと思います。

Q2 90年代に盛んに行われたパイロット自治体と構造改革特区の違いは何ですか。

A2 パイロット自治体は官による官の規制の改革で民間の関与はありませんが、特区はむしろ民間の参入を促進奨励しているところに特徴があります。また、パイロット自治体は自治体が直接中央官庁と交渉しなくてはいけませんでしたが、特区については内閣に新たに設置された特区支援室が自治体と各中央官庁との交渉の橋渡しをしてくれます。そのため、パイロット自治体に比べて特区は実現しやすいということがいえます。