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公共経済政策ワークショップ

2005年5月30日

競争評価と電気通信政策

鈴木茂樹(総務省総合通信基盤局電気通信事業部料金サービス課長)

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1.競争評価とは

(1)競争評価の必要性
1985年の自由化以降、電気通信分野に様々な新サービスが登場し、従来の独占的な市場環境に変化が見られる。これに対してどのように政策を変えていかねばならないか、あるいは政策で何を規制していかねばならないかということを考える上で、今の市場が競争的なのか、寡占的なのか、あるいは複占的なのかといったことを客観的な尺度で判断しなければならない状況となっている。
そこで総務省はここ3年ほど「競争評価」(マーケット・レビュー)を行っている。市場の競争状況を分析し評価した上で、競争が起きている市場に対しては規制をより緩やかにし、まだ非競争的な市場に対しては競争が活発化するような施策を行う。競争評価は平成15年度から実施しており、現在、平成16年度評価結果(案)が公表されている。

(2)競争評価のフロー
  まず基本方針を定めた後、それを実施するに当たり、誰がいつどのような手順で、どこからどのようなデータを集めるかといった実施細目を作る。これらは公表してパブリックコメントを募集し、皆さんの合意を得ながら進めていく。それに基づき情報を収集し、どのサービスとどのサービスが同一の市場であるかを考えて市場の画定を行う。そして、新規参入・退出、価格の動き、市場の集中度など、競争状況を分析した上で、競争評価の案を公表し、再び意見を募集し、最終的に確定する。
  このようなプロセスで毎年評価を行い、次第に対象とするサービスを拡大し、統計データを充実させて、市場の動きを継続的に把握できるようにしている。そしてこれらの評価結果は政策に反映される。市場の競争状況に応じて、政策的に介入するか否か、するとしたらどのような手段で、どの程度まで介入するか、などの判断を行う。

(3)政策的関心
  電気通信事業分野の競争政策は、市場原理が働く舞台を作り競争を創出することを目指しており、サービス内容や条件に対する事前規制に代えて市場原理を利用する。ただし電気通信産業には、設備等の不可欠性、ネットワークの外部性、周波数の希少性といった特殊な性質があり、そのような制約条件の下でいかに競争を促すかが問題となる。
  政策のビジョンとしては、インフラの安定性と競争のダイナミズムのバランスを確保すること、競争を通じた淘汰による選択に対し規制が中立であること、市場構造の階層化を考慮に入れることなどが重要である。

wssuzuki032.平成16年度競争評価の概要

(1)ブロードバンドサービス
  FTTHについては、競争の度合いに関する地理的な偏りに注目した。東京・大阪圏では競争的だが、北海道や九州ではほとんど競争がない。ADSLは提供地域が地方へ拡大し、人口で見れば約8割をカバーしている。地元のCATVがブロードバンドサービスも提供するようになってきたため、サービス提供地域の重なりにも注目した。
  競争状況を分析した結果、現在のところ、FTTH市場もADSL市場も、ある事業者が単独で市場支配力を有するという状況にはなっていない。基本的にはNTTのシェアが高いものの、一応は競争的な環境にあると思われる。また、ADSLはFTTHと比べ圧倒的に料金が安く、カバレッジも広い。まだFTTHがADSLに完全に置き換わるという状況ではないため、これらを一つの市場と見なすことはできないと理解している。

(2)IP電話サービス
  今回は評価までは行わなかったが、市場の競争状況を明らかにするために分析を行った。IP電話は既存の加入電話を代替するものなのか、あるいは補完的なサービスなのかという点で、非常に興味深いサービスだと思われる。
  IP電話には050と0ABJという二つの番号体系がある。050は現在110番や119番といった緊急通報ができないが、0ABJは可能である。IP電話の利用数は現在800万番号を超えていると思われるが、その大半が050方式であり、0ABJ方式はごく少数である。IP電話市場で大きなシェアを持っているのはソフトバンクBBによる050サービスであるが、このサービスの利用者は多くの場合、NTTの電話を解約していない。NTTの電話線はそのまま残しながら、普段はソフトバンクBBのIP電話を使っているのである。つまり、いざという時に緊急電話をかけるためだけにNTTに基本料を支払ってサービスを受けているという形になっており、ここには補完財の関係が見られる。

(3)携帯電話サービス
  携帯電話に関しては、料金設定方法が競争状況に与える影響、市場構造と市場支配力の関係、公衆無線LANや固定電話との関係、端末機能の高度化による影響などに注目した。
  携帯電話サービス市場は、周波数が少数の事業者のみに割り当てられている寡占的市場である。その中でもNTTドコモグループのシェアが特に大きい。今回の評価結果としては、単独事業者による市場支配力は働いていないが、複数事業者間の協調による支配力行使は懸念される。接続料は下方硬直的だが、3G携帯電話の事業者別契約数・純増数の推移などは変動が大きく、今のところサービス内容などでは比較的競争的な状況にあるといえる。競争促進要素もいくつか見られ、独占的と断定することはできない。
  興味深いのは、携帯電話契約数の急激な伸びに比較して、加入電話契約数の減少がさほど大きくないという点である。これは、多くの人が固定電話と携帯電話の両方を利用していることを示している。しかし、今の若い世代の傾向として、連絡先は専ら携帯電話であり、固定電話を持たないケースが多い。したがって、固定電話と携帯電話の関係は、現時点では補完財的な要素が強いとしても、今後は代替財の性格が強まってくるかもしれない。

wssuzuki043.電気通信政策のあり方

(1)目的と政策手段
  以上のような状況にある電気通信産業において、我々が持っている政策手段としては、電気通信事業法、電波法、そしてNTTを規制する日本電信電話株式会社法の3つがある。電気通信事業法には比較的最近、「公正な競争を促進する」という文言が挿入された。業法にこのような内容の文言が盛り込まれるのは珍しいことである。他方、NTTに関しては「国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切、公平かつ安定的な提供」と、ユニバーサルサービスの提供が定められている。

(2)競争政策の推進手法
  具体的には、規制緩和、NTT再編成、非対称規制、接続ルール設定、紛争処理委員会設置、消費者保護行政などの形で競争政策が進められている。
  規制緩和に関しては、参入・退出は原則として届出制をとるほか、一部を除き契約約款を廃止し、相対取引を可能とすることで、料金・サービスについても自由化を行った。
  NTT再編に当たっては、地域網を持つNTT東西は特殊な会社として規制し、NTTコミュニケーション・ドコモ・データに対しては純粋な私企業として、他の新規事業者と同様に規制を行うという、非対称規制を導入している。
  電気通信回線設備を有する者に対して接続義務を課したり、支配的な電気通信事業者に対して特別な接続ルールを定めたりして、公正な競争が行われるような環境作りに力を入れている。

(3)規制の根拠
電気通信と一言で言っても、インフラとサービスという二つの分野がある。インフラの分野は、ネットワーク構築に長い時間と巨額の初期投資が必要であり、投資回収に15〜20年をかけるビジネスモデルである。他方サービス分野は、ルータやサーバ等を設置してサービスを提供し、数年程度で投資を回収するビジネスモデルであり、初期投資の負担は小さい。またインフラビジネスは規模の経済が働き、自然独占性を持つが、サービスビジネスは参入・拡張・撤退の自由度が比較的高い。このように両者はかなり異なるビジネスモデルである。また、ブロードバンドサービスにおいては、望ましい均衡と望ましくない均衡の二つが存在する。ブロードバンドギャップと呼ばれるこの二つの均衡の差を乗り越えてサービスを普及させるためには、価格を抑えて需要を喚起する必要がある。以上のような性質から、電気通信事業で競争を起こすには、製造業などの通常の財・サービスの場合とは異なる規制の考え方で臨まなければならないと考えている。

wssuzuki04質疑応答

Q.FTTHサービスに関して、競争が多い地域と少ない地域の間に価格設定の差はあるのか?
A.NTTのような全国的な事業者は全国一律の料金を設定しているので、基本的に地域による料金差はない。競争の激しさによってコストには地域差があるが、もし完全にコストに見合った料金をつけると、地域間の料金格差はかなり大きくなり、高料金のため顧客がつかなくなる地域が出るため、現実には、全体としてコストが回収できるように平均的な水準に料金を設定することになる。

Q.そのような価格設定の下では、都市部の需要者が「損をしている」ことになるのか?
A.都市部の人が費用を上回る料金を払い、それにより田舎の料金が抑えられているという側面は確かにある。ただこれには、戦後の社会政策として電話を全国的に普及させ、利用者の増大により規模の経済を追求したという経緯があるし、通信相手が多い都市部の方がより大きな効用を得られるという面もある。

Q.NTTの回線を他企業が使うときの使用料は妥当な額なのか?
A.NTTの場合、認可という形で規制が行われており、コストなどがチェックされる仕組みとなっている。

Q.価格協調などで非競争的になりかねない携帯電話市場に対しては、どのような規制等が考えられているのか?
A.支配的携帯事業者の接続料に関しては届出の義務を課している。公表を義務付けることで監視のシステムを働かせ、接続料の設定があまりにひどい場合には、調査の上、改善命令を出すこともできる。携帯電話のユーザー料金については、規制緩和の結果、現在は規制がない。

Q.それでは、消費者が協調価格による負担を強いられるのはやむを得ないのか?
A.周波数の新規割り当てや、同じ電話番号のまま事業者を変えられる番号ポータビリティの導入など、新規参入や一層の競争を促すための検討は行われている。

Q.日本の今のインターネット環境は世界的に見て優秀な部類に入ると言えるのか?
A.スピードと料金に関しては優秀である。ただしブロードバンドの世帯普及率は韓国の方が断然高い。また、インターネットの用途の幅広さに関してはアメリカが圧倒的に強い。アメリカでは行政サービスや医療手続きなど様々な分野でインターネットが積極的に利用されているが、日本ではまだ娯楽中心である。

Q.NTT東西間で競争は起こらないのか?
A.NTT東西はともに持ち株会社の100%子会社であるから、競争はあまり起きていない。1985年のNTT民営化の際、グループ間の競争もねらいとしてはあったが、反対意見が強く、完全な分割は実現しなかった。

Q.規制の実効性はしっかりとチェックされているのか?
A.日本ではこれまで十分にチェックが働いてきたとは言えないが、最近では行政評価制度の一環として毎年チェックが行われている。チェックと予算をどのようにリンクさせるかが今後の課題である。

Q.ユニバーサルサービスの維持と競争による効率化は、相反するのではないか?
A.通信・電気・郵便といった分野にはそのような面がある。対策としては、事業者に対し不採算地域へのサービス供給を義務付ける一方で、基金を設け、補助金を出すという方法により、二者の両立を図っていく。