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公共経済政策ワークショップ

2005年7月11日

消費者利益と改正独禁法〜国際的視点から

柴田愛子(公正取引委員会委員)

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I.はじめに 

本日は学者で、現在は実務に携わっているものとして理論の実際への整合性という観点からお話したい。私が教えていた公共経済学では、消費者利益の最大化を目指し、その問題や解決策を理論的に研究する。そうした理論を現場の施策としてどのように実行していくのかが現在の私の課題です。

・公正取引委員会と独占禁止法について

公正取引委員会は、独占禁止法(独禁法)を運用するために設けられた国の「独立行政委員会」である。独占禁止法は、市場の自由で公正な競争を維持することを目的とした法律で、1947年に制定された。ここで、競争とは「安くまた品質のよい品を消費者に提供することで、事業者が売り上げを伸ばし利益をあげることのできる仕組み」を意味する。そのために少数の大企業の独占を排除する必要が出てくる。

・公正取引委員会の構成

公正取引委員会は5人の委員から構成される。実際の実務を行うのは事務総局で現在では約700人が働いており、近年競争政策の重要性が高まっていることを反映して職員は増えている。事務総局には審査局と経済取引局がおもな業務を担当し、審査局はカルテルなどの独禁法違反の摘発を行ったり、課徴金の支払いを命令したりする。 経済取引局は企業の合併が適切に行われるように見守るなどし、また、経済取引局に置かれる取引部では虚偽誇大な表示や下請代金の支払遅延等を規制している。

II.独禁法の運用とその関連法

国の産業保護、育成という方針から昭和20年代から30年代にかけて独禁法の適用除外が多く認められた結果、独禁法の運用は停滞した。しかし、海外から我が国の業界の排他的取引慣行や横並び体質や新規参入阻害性が指摘されたこともあり、政府は規制緩和を進め、ほとんどの独禁法の適用除外も2000年までに廃止された。また、本年4月に20数年ぶりの法の大改正がなされ執行力も増した。
次に、市場競争を阻害する要因とその要因に対する独禁法とその関連法の運用について、5点ほど例をあげよう。

1.景品表示法

 市場競争が円滑に行われるための条件として、売り手と買い手の持つ商品やサービスに対する情報が同じである必要がある。しかし虚偽、誇大な表示、また、根拠のない表示は枚挙に暇がない。 
  最近の公正取引委員会の調査事例としては、全国の温泉の成分の虚偽表示の指摘がある。その後白骨温泉など多くの温泉で不適切な表示がなされている事実が報道された。 そして2005年4月環境省により57年ぶりの温泉法改正がなされるまでに至った。このほか公取委が景品表示法違反として措置した例としては,メキシコ産の塩を加工して沖縄産とした事例、有料老人ホームや外貨預金、食品等の虚偽・誇大表示、資格試験の合格者水増しの事例などが挙げられる。
  このように、虚偽誇大な表示がなされると、表示に対して実質が整っているものは割安に、そうでないものは割高に市場で売られ、消費者利益を阻害することになる。結果として、その商品やサービスの市場自体が縮小してしまう。

2.下請法

下請法は親事業者と下請けとの間のあいまいな取引関係は非効率を生むとの観点から、公正・透明な取引を推進し、産業を活性化させるための法律である。

3.大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法(大規模小売業告示)の制定
最近の事例として、大規模小売業者に対する告示がなされたことが挙げられる。大規模小売業者による取引関係における優越的地位を利用した、納入業者に対する独禁法違反の行為が広く行われている。例えば、不当な返品、納入業者の従業員の不当使用、決算対策のために協賛金を提供させるなどである。これらの優越的地位の濫用を排除し流通業界の効率化・近代化を図る必要から告示がなされた。

4.企業結合

一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合、企業結合が禁止される。2005年に合併を取りやめた例としては、カーボンブラックを製造する東海カーボンと三菱化学の事業統合とポリスチレンを製造するPSJapan と大日本インキ化学工業の事業統合がある。

5.カルテル・談合

 カルテル・談合は事業者が他の事業者と共同して一定の取引分野における競争を実質的に制限している場合である。橋梁工事の入札談合事件など事例は多い。公取は基本的には行政処分を行うが、悪質なものについては刑事告発を行う。カルテルが行われるとその商品の消費者が高い価格を支払うばかりでなく、高くて消費できない人にも超過負担(デッド・ウエイト・ロス)をかけるという社会的損失が生まれる。国や自治体の公共事業の発注には、指名入札と一般競争入札制度などがある。公共事業の入札事業者による談合に対して、公正取引委員会が立ち入り検査を行い、法違反の事実があると勧告をする。国や自治体が事業者の入札指名停止を一定期間することが多い。 一連の措置の結果、談合がなくなると、入札における落札価格/予定価格で計算される落札率の平均が、下がりその分散も大きくなることが一般的である。
第II節では、自由で公正な競争市場が阻害されている事例とそれに対する独禁法の運用を例示しましたが、次に第III節では世界の競争法に目を向けよう。

wsshibata02III. 世界の競争政策情勢

 経済成長率と競争促進度には相関が見られるとの世界銀行の分析がある。 また、世界では競争法が広まり、強化される傾向にある。競争当局は委員会などの合議制が取られている国が多い。また、地域統合、グローバル化、二国間の経済関係強化から共通のルールが求められるようになり、先進国間、先進国‐途上国間で競争法は収れんしてきている。また、リニエンシー(刑事罰や行政制裁金の減免制度)など、行政コストが低く、成果があがる効率的な競争法の手法は、すばやく各国に伝達される。

IV .独禁法改正について

 独禁法にもかかわらず依然カルテルが結ばれる理由として、カルテルで得られる利益のほうが捕まるリスクと課徴金よりも大きいからだと考えられる。そこで、課徴金の引き上げ、捕捉する確率をあげるための課徴金減免制度が4月の独禁法改正で導入された。さらに、法改正では調査権限の強化、審判手続きの見直しが実施される。

V.おわりに

 市場のルールを守るのは産業全体の発展のためである。公取の仕事に携わる中で、経済学的バックグラウンドが実際の施策に役立つことを実感している。将来正しい政策を実現するために理論をしっかり勉強していただきたい。

最後に、これからは、企業の法令遵守(コンプライアンス)を強化することが望まれる。法を守ることが社員の人事評価にプラスになるシステムの確立が重要であり、企業のトップから率先して、利益さえ上げればいいという企業文化は変えていく必要がある。

Q1.公取委の新しい政策 どこから出てくるのか?

A.基本的には政府の中長期的な政策運営の指針、例えば、規制緩和などの方針に沿った独禁法政策が実施されている。政策は公正取引委員会の内部では上からと下からの両方向からのアイデアを汲み取っている。

Q2.摘発されない談合というのはあるのか?また、課徴金はどこに行くのか?

A. カルテルについて、摘発されるのはアメリカでは10%〜30%という文献もある。(例えば、Bryant and Eckard (1991), “Price Fixing: the Probability of Getting Caught,” The Review of Economics and Statistics, pp.531-537.)談合のすべてについて摘発するのは困難であるが、摘発能力の向上に努力がなされている。

日本の場合、課徴金は国庫に納められる。アメリカのFTC(Federal Trade Commission:米連邦取引委員会)の予算は、合併などの審査手数料収入が組み入れられる仕組みとなっている。2003年度の予算では31%ほどになる。(ICNの報告書[Merger Notification Filing Fees] 2005年4月)

Q3.「市場」はどのように確定されるのか?

A. 市場は商品の需要と供給についての状況から総合的に判断する。 機能及び効用などから、製品市場を画定する。また、商品の特性、輸送手段とその費用などの関係から地理的市場を確定する。例えば、通信販売は全国を市場として、ローカルな食品や生コンのセメントなどはローカル地域を市場とするなど、鮮度や破損されやすいかなど商品の特性や輸送費により判断される。

Q4.課徴金はどのようなプロセスを経て課されるのか?

A. 事業者の疑わしい行為を見つけたら,公取はまず審査を行う。立ち入り検査なども行う。違反事実を認定したら,その行為を止めるように勧告し、事業者が勧告を応諾すると,いわゆる勧告審決となる。カルテルが対価に影響を及ぼすものであれば,その商品やサービスの売上額の原則6%を課徴金として徴収する。法改正後の2006年からは、勧告ではなく、意見申述等の機会を付与して排除措置命令を出す、そして、課徴金は原則10%に引き上げられる。排除措置命令と課徴金を同時に命令することもできる。また、課徴金の範囲も私的独占や購入カルテルの事件などへも広げられた。

wsshibata03 Q5.国際的な収斂とあるが、運用面での収斂はどうなっているか?

A. ICN (International Competition Network)という80カ国以上の競争当局が参加する国際組織では、企業合併のモデルとなるベストプラクティスが議論され、カルテルについても検討がなされ各国の競争法の収斂に役立っている。企業合併については、複数の競争当局に国際的な合併に関する届出をした際,それぞれの競争当局で異なる手続を採ったり,異なる資料を要求したり,異なる考え方で審査し、また、国によって異なる結論が出ると、企業は困る。そこで、企業結合の事前届出の在り方について,ベスト・プラクティスと呼ばれる望ましい在り方を、示す議論が2002年の第1回大会からなされてきた。又、2004年第3回ICNソウル大会の会合から,カルテルについての作業部会が始まり、ハードコアカルテルとして規制されるべき事件はどんなものか,そして、どういう手続であるべきか,どういう調査方法がいいか,制裁はどうあるべきかなどの議論がなされている。また、新しく競争法を整備する国の競争法は先進各国の競争法制や運用に類似してくる。例えば、中国も近く本格的に競争法を導入するとのことであるが、中国の新しい競争法は先進各国の法制や運用面との類似点も多いであろう。

Q6.結果として生じてしまった独占についてはどのように対応するのか?

A. 独占的状態にある企業を分割、その他競争回復措置を命じる規定(法8条の4第1項)はある。適用事例は現在までのところはないが,独占的状態になるような不正行為が行われないように監視している。例えば、IT事業分野では、タスクフォースなどを活用することにより、迅速な事件処理につとめている。最近(2005.4.13)パソコンに搭載するCPUに係わる私的独占事件についてインテルに審決を行った。インテルはCPUで世界でも日本でもCPUの分野で著しく高いシェアを持っている。国内パソコンメーカー5社に対し、パソコンに搭載するCPUについて、インテル製CPUの数量が占める割合(MSS)を100%とし、インテル製CPU以外のものを採用しないことなどを条件にして有利な割戻し又は資金提供を行うことを約束することにより、競争事業者製CPUを採用させないようにした事件である。

Q7.政府の方針として民間活力の導入が促進されている中でなぜ公取委員においては官の出身者の割合が増加したのか?

A. ICNのメンバー国のアンケート調査(2002)によれば、平均では官僚出身者の委員の割合は36%である。 現在、公取では官僚60%、学者20%、司法官20%であるが、2005.8.12より官僚40%、学者20%、司法官40%と官僚出身者の割合は減少する。学者一人目は企業から大学教授に転身した委員で、2人目である私は学者出身であり、そういう意味で学問からの視点も重視されてきている。

Q8.H2年における課徴金の額が急増しているがそれはなぜか?

A. 課徴金額はその年の事件の規模によるので、グラフからも年々変化するのが分かる。平成2年にはセメント製造販売業者の談合事件があり大企業である12社に対する課徴金が112億円となったため急増した。