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公共経済政策ワークショップ

2005年10月31日

経済財政諮問会議による政策形成プロセスの変化

大田 弘子(政策研究大学院 大学教授)

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1.経済財政諮問会議とは

経済財政諮問会議は、経済財政政策に関し、有識者の意見を十分に反映させつつ、内閣総理大臣のリーダーシップを十全に発揮することを目的として、内閣府に設置された合議制機関である。構成員の人数は議長(内閣総理大臣)および10名の議員、計11名以内に限定されており、民間有識者の人数を議員数の4割以上確保することが法定されている。経済財政政策に関する重要事項についての「調査審議」を所掌事務としており、「決定機関」ではないことに注意してほしい。経済財政諮問会議は一言で言うと、政策を議論する重要な「舞台」である。

2.政策を議論する「舞台」としての諮問会議

(1)府省横断的な議論の舞台
従来の各省庁の審議会との違いは、公務員総人件費、政策金融、「三位一体」の改革など、複数省庁にまたがる政策について議論がなされる点、それから、予算編成、税制、社会保障制度など、これまで一つの省庁に独占されていた政策についてオープンに議論がなされる点である。政策形成プロセスの変化としては、後者のほうがより重要だと思う。諮問会議によって、これまで外から見えにくかった部分がオープンな議論になった。すなわち、各役所内で審議会を使って答申を出し、政治家に根回しをして、法案として国会に出すという、従来の閉ざされた政策決定が変わったのである。

(2)コントロールできない有識者の存在
審議会とのもう一つの違いは、役所によってコントロールできない有識者が参加していることである。民間議員の存在が、諮問会議を通常の審議会や「ミニ閣議」と異なるものにしている。改革のスピードをアップさせたり、ハードルをより高く求めたりするという、改革の推進役としての役割が民間議員にはある。政策を論ずるとは、単にあるべき姿を語ることではなく、多くの利害関係者を巻き込み、望ましい方向へ出口を見つけていくことだ。したがって、政策の実現はあるべき姿からの「妥協」のプロセスだが、問題はどのレベルでの実現を目指すかということであり、改革を推進する際のハードルの高さが重要である。
諮問会議では毎回担当大臣が合意事項と合意がとれなかった事項を確認し、次のステップへとつなげる手法をとった。この点は、委員が言いっ放しで終わる通常の審議会とは大きく異なる。

wsota023.プロセスの変化

(1)内閣機能の強化
経済財政諮問会議は内閣府設置法により、財政運営の基本や予算編成基本方針等を調査審議する場として、内閣府に設置された。内閣法の改正によって、これら重要政策の基本的な方針に関する総理の発議権が明示された。

(2)総理主導の政策運営の強化(内閣の方針を示すツールの作成)
諮問会議による審議は、いくつかの閣議決定文書として結実させる。これらのツールの作成が、政策形成プロセスの変化を具現化させるものとなる。
最も重要な閣議決定文書は、6月にとりまとめる『経済財政運営と構造改革に関する基本方針(骨太方針)』である。従来は内閣の方針なるものは明示されず、予算があるだけだった。しかし『骨太方針』によって内閣としての政策目標が提示され、工程表も作成された。これに基づき翌年度予算への審議を進め、11月に『予算編成の基本方針』としてまとめる。また、中期の経済財政運営方針として『構造改革と経済財政の中期展望(改革と展望)』をとりまとめている。これらに盛り込む政策には、可能な限り期限や数値目標を定める。「数字ありき」との批判もあるが、霞ヶ関を動かし改革を前に進めていくためには、期限や数値目標を設けることは不可欠である。

(3)マクロ経済との整合性
経済財政諮問会議により、マクロ経済と経済財政政策との整合性が増した。それ以前は、財政政策はマクロ経済と切り離されて議論されることが多かった。来年度予算編成に入る夏前に翌年度の「マクロ経済の想定値」を発表するなど、いくつか経済と財政を連動させる枠組みづくりの努力はしている。しかし、試みは始まったばかりであり、マクロ経済と整合性のある財政政策を展開するには、まだ工夫が必要だ。

(4)予算制度改革への取り組み(New Public Management に向けて)
New Public Management(NPM)の観点から、予算制度改革に取り組んできた。まず、いくつかの事業をモデルとして、<1>成果目標の定量的提示、<2>予算執行の弾力化(複数年度化や費目間流用)、<3>事後評価、のプロセスを実現させた。予算にPlan-Do-Check-Actionの考え方を取り入れることは、かなり共通認識になってきたと思う。しかし、予算制度改革もようやくスタートした段階であり、全体のメリハリづけや、予算と決算を突き合わせての事後評価など、まだ課題は多い。中期的な予算管理についても、さらに進めていく必要がある。

wsota03小泉内閣がスタートしたときの経済の課題は、「何をするか」より「いかに改革を進めるか」にあった。郵政、道路公団、社会保障等に関わる改革の必要性は80年代から言われていたが、抵抗が強くて実際の改革が遅れていた。したがって、諮問会議を設置し、上記のようなプロセスの変化は実現させることが、改革の遂行に重要な意味をもったと言える。プロセスの変化は、外からは見えにくいが、持続性を持つため、その意味でも重要である。

4.諮問会議が抱える課題

(1)"包囲網"の強化
経済財政諮問会議で審議したことを閣議決定文書としてとりまとめ、政策として実現するには、与党の了承が必要だ。『骨太の方針』の重要性が認識されるにつれて、諮問会議に対する与党の風当たりは強くなってきている。与党との調整を通して、初めに民間議員が要求したレベルよりハードルは低くなるが、政策を変えるために閣議決定はどうしても必要であり、この調整プロセスは不可避である。
政府部内にも、諮問会議以外の議論の場を設定することで、その影響力を弱めようとする動きがある。例えば、社会保障制度改革では、官房長官の下に類似の懇談会が設置されている。
諮問会議は、その時代時代で、既得権と戦い、新しい政策体系を打ち出していく存在でなければならない。諮問会議が存在意義をもてばもつほど、多かれ少なかれ風当たりが強くなるのはやむを得ないことであり、それを打ち破るための忍耐強い戦いは今後も必要である。

(2)存在意義を持ち続けられるか
経済財政諮問会議は政策の決定機関ではなく、審議の場に過ぎないため、存在意義を持ち続けるためには工夫が必要だ。各管轄官庁との役割分担を踏まえて、諮問会議で何を議論し、いかなる成果をめざすかは、一番知恵をしぼらねばならないところだ。例えば、社会保障制度の改革では、個々の制度は厚生労働省の管轄であり、得意とするところでもある。諮問会議は、マクロ経済との整合性の観点から、給付費全体の管理に焦点をしぼって審議している。ポイントを絞って打ち出すことで、政策を動かしていく。それによって経済財政諮問会議は存在意義を持つことができる。

(3)総理と担当大臣の役割
経済財政諮問会議において小泉首相は大きな役割を果たしてきたが、その後の首相のもとで会議がどうなるか、現段階では分からない。しかし、『骨太の方針』をはじめとする様々なツールが確立されたので、間単に後戻りすることは無いだろう。しかし、霞ヶ関にとって都合の良い「舞台」に変容する可能性は常にある。既得権と闘い、新しい政策体系を提案し続けるには、事務方を勤める内閣府の役割もきわめて重要である。

5.今後の小泉内閣のおもな課題

来年度の予算編成は、小泉内閣の総仕上げとも言うべきものである。「官から民へ」、「国から地方へ」を、政策として結実させなくてはならない。そのため、来年度の予算がつくられるこれからの2ヶ月が非常に大事である。
最も力点が置かれるのは、「小さくて効率的な政府」に向けての政府部門の改革である。第一に、政策金融改革が重要な課題だ。11月に基本方針が出ることになっているが、役所の利害が絡み、政治的には相当困難さを伴う。第二に、政府の資産・負債管理の強化(政府のバランスシート改革)、第三に公務員の総人件費削減、第四に市場化テストの法整備、がおもなテーマとなる。
来年度予算に向けての課題としては、医療制度改革と、国と地方のいわゆる「三位一体改革」が重要である。医療制度改革では、総給付費について経済規模に連動する何らかの指標を設定することを諮問会議では議論してきた。社会保障はとかく給付面が重視されがちだが、負担の側面も同様に重視すべきだ。負担は所得の関数であり、その意味で、何からのかたちで経済規模との関連づけが必要ではないか。そのほか、特別会計の改革、とくに道路特定財源の見直しが、今後の改革の目玉になるだろう。
これらの改革はいずれも容易ではない。選挙を経て自民党は変わったと言われるし、実際にそうだと思うが、「改革政党」を標榜するほどに変わったとは思えない。国民の期待に応えられるかどうか、正念場である。

wsota046.質疑応答

Q1-1 自民党の役員会で決まったシンクタンクと経済財政諮問会議の役割分担は?
一政党のシンクタンクと政府部内の経済財政諮問会議とはおのずと役割は異なる。党の方針と異なる方向が出されることは当然ある。シンクタンクの充実やマニフェストへの反映は望ましいことだが、今後、党のシンクタンクがどのような役割を果たしていくのかはまだみえない。

Q2 前回の選挙の前と後で変わったことは何か?
選挙前に退官したので変化を体験しているわけではないが、派閥が実質的に崩れているし、若い議員もたくさん入ってきており、自民党内の変化は大きいのではないか。党組織そのものが変わったのではないだろうか。

Q3 経済財政諮問会議は内閣主導のツールを作ったとのことだが、今後本当に後戻りしないのか?
急に後戻りすることはないと思うが、改革の推進役となり続けられるかは何とも言えない。諮問会議が本来の役割を発揮するよう、国民やマスコミの監視も要る。

Q4 予算制度改革への取り組みなどで、財政再建は達成されるのか?
予算制度改革を伴わない財政再建は難しい、というのが諸外国の経験だ。各国の予算制度改革は、財務省の財務総合研究所でいくつかの充実した報告書が出されているので、参考にしてほしい。政治学の分野だが、待鳥聡史氏の『財政再建と民主主義』も参考になる。財政再建は、マクロの総額を抑制するだけのアプローチではうまくいかず、ミクロ・アプローチが必要であることを米国のケースで分析している。

Q5 予算制度改革で導入した政策群・モデル事業の浸透度はどうか?
「モデル」として限定的な事業を対象にNPM型予算を導入したものである。今後は、これを一般の予算に広げていく過程に入る。18年度予算から徐々に一般の予算に広げる取り組みを行う予定である。

Q6 市場化テストの法整備については法制度上の制約はあるのか?
いまモデル事業を実施しているが、法律がないと本格的取り組みは出来ない。17年度中に法案が提出されることになっている。行政改革のために極めて重要なツールだが、各役所とも相当に抵抗するところなので、次の行革大臣の役割は重要だ。

Q7 民間議員の選出プロセスの正当性は?
民間議員は総理大臣の任命である。「正当性」は政府の代表である総理の任命ということで担保されると見るべきだろう。

Q8-1 経済財政諮問会議の事務局の役割は?
会議全体のサポートである。内閣府は出向者が多い。各役所の利害に左右されないよう、優れたプロパーが育つことも重要だ。

Q8-2 竹中(前)大臣の役割は?
諮問会議の進行役として極めて重要な役割だ。アジェンダの設定、進め方など、民間議員や事務方と打ち合わせをしながら準備を行う。

Q9 小泉改革の中枢におられた先生は改革に熱意を持つ人は誰だと思われるか?「ポスト小泉」として、竹中氏、谷垣氏、麻生氏、福田氏、安倍氏のうちどなたが適任と思われるか?
残念ながら私にはわからない。諮問会議の事務方を勤めただけで、政権の中枢にいたわけではない。

Q10 諮問会議で政策決定のツールを作ったとのことだが、外からの評価はどうなのか?
議事録が迅速に公開されることで、会議自体は評価にさらされていると言える。構造改革そのものが進んだかどうかは、パフォーマンスレビューを行うことになっている。すべてオープンにしていくということが、ガバナンスには重要だと思う。

Q11 政策決定に関わって具体的に何が面白かったか。
現実に政策がどういう流れで、どういう力学のもとで作られていくか経験できたことだ。

Q12 マクロ経済との整合性を重視するとのことだが、日銀総裁はどのような役割を果たすのか?
日銀総裁は一議員としての立場で発言をする。デフレの克服は依然として重要な課題である。