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公共経済政策ワークショップ

2005年12月5日

IMFとアジア—連携の強化をめざして

杉崎 重光(損保ジャパン総研理事長)

 IMFは、国際金融安定のためにある組織である。近年、国際金融危機というIMFにとっての大事件が起こった。今日はまず一連の金融危機への対応、そこから得られた教訓、そして将来のIMFとアジア諸国の関係について話したい。

 金融危機は、まず94年にメキシコで起こった。資本の急激な流出によってメキシコの金融当局が為替レートを維持できなくなり、最終的にはフロート制に移行することになった。当時のIMF専務理事は、これを「21世紀型の最初の危機」と呼んだ。すなわち、貿易収支の赤字ではなく、資本収支の赤字によって起こった初めての通貨危機だったということである。この危機が起こった背景には、資本の自由化があると考えられる。

 この危機が起こる直前まで、メキシコは経済運営がうまくいっており、新興市場国の優等生と見られていた。奇しくも94年はIMF協定成立50周年に当たり、この年にマドリードで開かれたIMF会合では、メキシコは経済運営について称賛されていた。通貨危機は突然起こったのである。

 メキシコで危機が起こった直後、米国は周辺国への危機の波及を防ぐために支援を行う意向を表明していた。しかし、財務省に対する議会の支持が得られず、米国からの大規模の支援と言うシナリオは崩れた。その結果、IMF理事会でも賛否両論はあったが、IMFが支援の主体となることが決定された。IMFの支援により、メキシコの危機はほどなく収束した。しかし、97年にはアジアで通貨危機が起こる。先ずはタイから外貨が国外に流出し、介入資金が枯渇して変動レートに移行した。さらに、危機は韓国やインドネシアに広がった。98年になると、ロシアでも通貨危機が起こった。ロシアは短期国債を増発しており、それを外国投資家が買っていた。そこへ「ロシア財政は借り入れに頼っており、今後うまく回らなさそうだ」という観測が広がり、マーケットが破綻してしまった。99年には、ブラジルで為替レートが切り下げられた。ここでも財政に対する信任の低下が原因となった。同様の現象は、トルコやアルゼンチンにも広がった。このように、一連の危機は世界各地の新興市場国で起こったのである。

 アジアでは、96年までは Asian Miracle と呼ばれるほど経済は順調に成長していた。しかし、97年7月のタイでの危機以降、大変なことになる。各国がマイナス成長に転じ、特にインドネシアでは被害が大きかった。アジアの通貨危機に関しては、二通りの解釈ができる。一つは、経済の落ち込みが激しかったということ。もう一つは、V字型の早い回復をしたということである。

 韓国のケースを取り上げて、通貨危機に遭った各国内でどんなことが起こっていたかを考えてみたい。通貨危機までは、韓国当局が介入しなくてもよいほどレートは安定していた。それが、97年後半に急激にウォンが安くなった。しかもこの時期はちょうど大統領選挙にあたり、当選した金大中大統領は12月から経済復興プログラムを始めることになった。97年末は、ウォンの価値が最も下落していた時期である。外貨準備はそれまで200億ドルくらいで安定していたが、為替介入のため急減した。金利は、引き上げのコンセンサス作りに手間どったため、為替レートと外貨準備の変化に若干遅れて急上昇した。

 通貨危機の発端と結果をまとめると、一般的に以下のようになる。まず、ある国の市場において、その国の信任が喪失される。それによって、資本が一気に流出する。直接投資だと資本は一気に流出しないが、短期投資は足が早い。この際、当局は通貨防衛のため市場介入を行い、民間金融機関は当局からドルを買って返済にあてる。これが大規模に行われると、外貨準備が底を付き、為替レートへの介入ができなくなる。すると、レートが急落する。また、経済全体が不況化していき、税収が減り、不況対策的な支出が増えて財政が悪化する。企業が倒産したり、金融システムが破綻したりする。結局はGDPの大幅縮小とインフレが起こってしまう。

 これに対し通貨危機国は、財政・金融政策、為替政策、金融システム改革をはじめとする構造改革などで対応した。他方、債権国からの二国間支援、国際金融機関支援も行われ、さらに資金を融通していた民間債権者も応分の負担を求められるなど、各方面から手が差し伸べられた。これらの金融支援は、危機国が実施した対策が効果を発揮するまでの時間稼ぎとしての役割を果たした。しかし、当時のIMFの対応には以下のような批判が向けられた。

1.「IMFプログラム」として耐乏生活を強いる緊縮政策の実施を強要し、不況をますます深刻化させたという批判がある。財政については、不況の深刻化に伴い緩和策がとられた。しかし、自国通貨が急落し、インフレが高進しているときに、金利を下げて自国通貨の魅力をさらに下げることにも問題がある。

2. 公的支援はモラル・ハザードを生むため、IMF支援はもっと慎重に行うべきであったという批判もある。これは当時のアメリカ議会の支援反対論者の最大の根拠でもあった。支援が保険と同様なにがしかのモラル・ハザードをもたらす側面があるとしても、私は、モラル・ハザードの指摘には、かなり誇張された議論が多いのではないかと考えている。

3. 構造改革が複雑すぎるものであったという批判もある。危機国では特に金融システムの脆弱性、労働市場の構造的問題、独占などを改善する必要があったが、こういったいくつもの構造改革を一度に行うのは無理がある。もっと対象を絞って、あるいはもっと緩やかに改革を進めるべきであった、という議論である。

4. 資本の自由化についても、もっと段階的に進めるべきではなかったかという声がある。

 次に、危機の教訓を生かしたIMF改革について説明する。危機予防の面からは、以下のような改革が行われた。

1. IMFの情報開示を進めると同時に、各国の情報についても透明性の向上を図った。メキシコ危機の直前、当局保有外貨の状況が明らかでなかった。

2. 国別・地域別経済審査(サーベイランス)が不十分だったとの反省から、強化を行った。

3. 構造改革で最重要視された金融セクターの健全性を確保すべく、審査・監督制度の充実を図った。

 また危機対応の面から行われた改革として、以下のようなものがある。

1. いくつもの複雑な改革を一度に強要して、かえって当事国の混乱を増大させることのないよう、コンディショナリティの簡素化・集約化を行った。ただし、借入国の甘えにつながることのないように、「集約化」と「弱体化」はしっかりと区別する必要がある。

2. 補完的準備融資制度(SRF)などの緊急融資制度を創設し、信認危機に陥った国に対して大規模かつ迅速な融資が可能となるような枠組みを整備した。

3. 通貨危機の予防および解決に民間債権者がどのように関与するかというルールを明確化した(PSI)。

 これらの改革はもちろん意義のあるものだが、外部の支援はあくまで回復をサポートするものに過ぎず、最も重要なのは、改革プログラムを実行する当事国の政治的意思と能力であると、私は考える。

 次にアジアのIMFにおける発言権については、アジア諸国をはじめとする多くの新興諸国が、その経済の実勢や相対的地位に比して、著しく過小代表になっており、これを是正しようとする動きがある。そうすることにより、アジアとIMFのより強固な協力関係を構築していかなければならない。しかし、各国のクォータシェア(出資比率)の調整はゼロサム・ゲームである。成長の遅れたアフリカは50カ国以上あり、もっと発言権を高めるべきといわれるが、相対的な経済力で測るとクォータシェアは減少しかねない。ここにクォータの見直しのむずかしさがある。IMF理事会の構成についても同じことがいえる。しかし、理事会で票決することは稀で、IMFの意思決定はむしろconsensusで決まる。アジアの発言権を高める最もよい方法は、high qualityのアジア代表理事とアジア出身のスタッフを派遣することである。

質疑応答

1. 通貨危機が起こりそうな国に対して、早めに対策を打つと言っていたが、どのようなものなのか?

 1つの方法として、早期警戒警報を発することである。そして、常にそのような国の経済を適確に分析して、confidential advisorとして助言することにしている。

2. 耐乏生活を強いてもよいのではないか?

 確かに、危機国の国民は何がしかの痛みを受せざるを得ない。条件(コンディショナリティ)が折り合わない場合、IMFは危機に瀕している国に融資承諾しない選択肢もある。ただ、IMFは会員相互扶助の国際機関であるから、その使命を果たさなければならない。とはいえ、あまりにも妥協するとIMFのcredibility の低下につながるばかりか、危機国の救済に役立たない。IMFの、最終的な決定は加盟国代表で構成される理事会によってなされる。

3. アジア通貨危機は対応が遅れ、メキシコの危機の時は、対応が早かった。アジア通貨危機が拡大した理由は何か?

 必ずしも対応が遅れたとは思わない。タイ危機が発生して一ヶ月後には支援が決まったが、タイ政府のリーダーシップが弱く、金融制度改革などの実施が遅れ、市場の信認回復を得られなかったことが最大の要因であったと考えられる。

4. アジア通貨危機の時に、マレーシアは金利を上げなかった。そういった観点から考えて、金利政策はどうあるべきか?

 危機対応の金利政策については、IMF理事会の事後評価や専門家の間でも、IMFの対応は基本的に支持されている。 マレーシアの回復は、あまり他国の軌跡と変わらない。マレーシアがIMFの支援を停止したから景気がより早く回復したという分析はない。確かに、マレーシアはたとえばインドネシアに比べてより優れたガバナンスを有していたということができる。