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公共政策ワークショップ

2006年4月19日

EUの危機−ここからどこへ行くのか?
“The European Union in Crisis—where to go from here?”

ヨアヒム. J. ヘッセ ベルリン自由大学教授、国家学・ヨーロッパ学国際研究所所長
Joachim Jens Hesse (Professor, Free University of Berlin, Chairman of the International Institute for Comparative Government and European Policy)

講義概要

(1)イントロダクション

 EU(欧州連合)は、1951年の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)に始まり、欧州経済共同体(EEC)、欧州共同体(EC)を経て、1992年のマーストリヒト条約により発足した。現在25カ国が加盟している(今後、ブルガリア、ルーマニアが加盟予定)。EUは、加盟国の増加によりその統合を「拡大」させていると共に、経済分野のみならず、外交・司法・内政等の政治的分野へと統合を次第に「深化」させている。EUの法的枠組みとしては、第1にEC及びEUの条約、第2にEUの中で取り決められた規則、指令、命令が挙げられる。EUの機構は、政治レベルの最高意思決定機関である欧州理事会(European Council)、決定機関としての閣僚理事会(Council of Ministers)、欧州議会(European Parliament)、執行機関としての欧州委員会(European Commission)及び司法機関としての欧州裁判所(European Court of Justice)等により構成される。

(2)EUにおける危機

1. EU憲法条約における危機
 加盟国の拡大に際して、諸条約のパッチワークである現状の法体系を克服し、EUを「さらに透明性のある、効率的かつ民主的な」機構にすべく、2004年の政府間会合(IGC)において、EU憲法条約(TCE: Treaty on a Constitution for Europe)が合意された。当該憲法条約は、この後各国において批准が行われることになったが、フランス(05年5月)、オランダ(同年6月)で国民投票の結果否決されたため、更なる統合へのプロセスは頓挫することとなった。今後の見通しは依然立っていない状況である。

 EU憲法条約は、一般的な組織についての規定(第1章)、基本的権利(第2章)、政策(第3章)、最終規定(第4章)によって構成され、欧州議会の権限を拡張し、欧州外務大臣を新設、政治的リーダ−シップの強化の観点から欧州大統領(President of the European Council)を新設している(現行制度における欧州理事会議長は、半年交代で変わってしまうため、強力な政治的リーダーシップを発揮することが難しい)。ただし、第3部の「政策」の部分は、域内市場ルール、経済・財政政策、雇用政策を初め個別具体的な政策が非常に詳細に規定されており、通常の国家の憲法にはありえないこととして批判も多い。

2. 予算における危機
 予算においても問題がある。EUの歳出の47%が農業政策、39%が加盟国間の格差是正を行う構造政策(structural policy)であり、支出が偏っている。農業補助金や地域政策の恩恵に浴さない国は、負担を拠出するインセンティブに乏しい。2004年の加盟国の東方拡大(ハンガリー、ポーランド、バルト3国等10カ国が新規加盟し、現在の25カ国になった)の財政面に与える影響も大きい。

3. 構造的な危機
 EUの機構に対しては、様々な立場や期待が存在する。トルコの加盟等、EUの更なる拡大について、域内貿易の拡大の立場から歓迎する声もあれば、統合を重んじる観点から反対の立場もある。また、リスボン戦略(2010年までに持続的な経済成長を維持し、低い失業率を達成しかつ最も競争力のある知識型経済を目指す)のような、過大な期待をEUに対して寄せる立場もある。

(3)これらの課題に対する解決方法

 EU憲法条約に関しては、選択肢としては、(a)フランス及びオランダの今回の国民投票の結果を無視し、引き続き批准プロセスを進める(フランスやオランダのような否決の例が再演される可能性あり)、(b)現状維持、つまりEU憲法条約のベースとなったニース条約に基づき運営(選択肢として排除されるべきではないが、制度的な欠陥が解決されない)、(c)現在効力を有する条約に修正を加えずにEU憲法条約の内容を実施する(国民投票を避けているとの批判がされ得る)、 (d)新しい「基本的条約」として、憲法条約の第1章,第2章,第4章のみを実施するといった、4つの選択肢が考えられるが、個人的には、(d)が一番適切ではないかと考える。予算の問題に関しては、EU独自の税金を創設することも一案であろう。構造的な問題に関しては、EUに対する多様な期待と能力に合わせ、プラグマティックに制度改正を行っていくことが重要と考える。

【質疑応答】

Q 2点質問がある。第1に、ヨーロッパの統合によって経済的にどのような影響があったとお考えか。また、EUにおける強いリーダーシップの不在について述べられたが、例えば国連の安全保障理事会のようなものをリーダーシップのための枠組みとして参考にできないか。

A まず第2の質問から。EUの課題のうち、政治的リーダーシップは非常に重要な問題と考える。ただし、国連の安全保障理事会のように、特定の国に権力を集中させるやり方は、EUの意思決定方式としてはなじまないのではないか。第1の経済の問題については、ヨーロッパの統合によって、経済には非常に大きなプラスとなった。こうした経済的な成功を背景として、現在の統合は、市場や通貨の統合といった経済的側面のみならず、政治的な側面へと波及している。

Q 何故、欧州憲法条約への批准にフランスとオランダは反対したのか。

A フランスでは、保守系政党が憲法条約に賛成する一方、社会党は反対しており、政党間でも立場が割れていた。国民投票で否決されたのは、失業問題や社会保障の問題といった内政問題に関するシラク保守政権への不満があったこと、トルコのEC加盟に関する懸念が国民の間に根強かったことが挙げられるだろう。オランダに関しては、状況はより複雑なのだが、フランスと同様、失業率の増加等の内政的な要因があったことは事実である。なお、ドイツでは欧州憲法条約は批准されているが、国民投票ではなく議会において批准の可決がされている。