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公共経済政策ワークショップ

2006年7月12日

『構造改革としての医療制度改革』

島崎謙治氏 (厚生労働省(現法学部客員教授))

1. 医療制度をめぐる日本の状況

社会保障をジャンボジェット機でたとえると…重たい飛行機が空を飛ぶためには、(1)推進力(経済成長)、(2)広大な翼(連帯感)、(3)優秀なパイロット(リーダーシップ)の3つが必要である。

(1)経済成長
日本の社会経済はいわば低成長基調、多額の長期債務、少子高齢化・人口減少の「三重苦」にあり、将来的に医療費の適正化・効率化のプレッシャーが弱まるとは考えにくい。総額抑制論の議論の是非はともかく、社会経済実態と無関係に医療制度が存立するわけではない。

(2)連帯感
少子高齢化の進行等により、年金はもとより、医療保険も世代間連帯の要素が強くなっている。「世代と世代の助け合い」のお題目では問題は解決せず、経済成長と折り合いをつけながら、「痛み」を現役世代と老年世代が分かち合うしかない。

(3)リーダーシップ
「富の配分」ではなく「負担の配分」の要素が強くなればなるほど、政治の強いリーダーシップが必要。また、制度を新設するより改変するほうが難しい。

2. 医療政策・医療制度改革とは何か

医療制度は複雑な構造であるため、部分解は全体解を保証しない。沿革を押さえ、維持すべき点と問題点を明確にし、あるべき方向を見出していくよりない。

また、医療政策の評価基準は医療の質・公平性・効率性であるが、質の評価は難しく、公平性の評価も難しい。医療制度改革は、(1)デリバリーとしての医療提供制度改革+(2)そのファイナンスの仕組みとして医療保険制度改革からなるである。医療制度改革=医療保険改革ではない。医療提供制度の見直しのウェイトが高まっていることに留意すべきである。

3. 改革の経緯

もともと、日本の医療保険制度の建て方は、カイシャ保険とムラ保険の両建てで発足した。しかし、人口構造や産業構造の変容が老人保険制度や退職者医療制度の創設を促し、高齢化に伴う医療費増と経済基調のギャップが顕著となるにしたがって見直しが迫られることとなった。平成14年度の医療制度改革は、高齢者の完全定率1割負担の徹底、サラリーマンの3割負担の導入などを眼目とするものであったが、政治的に大きな議論を呼んだ。

さらに平成18年度に行われた医療制度改革では、(1)医療費適正化問題、(2)保険者の再編・統合、(3)新たな高齢者医療制度の創設の是非が主要な論点となったが、医療提供制度の見直しが正面に据えられていることは注目すべき点である。

これらの医療制度改革はそれ自体が大きな意味を持つが、それ以上に重要なことは改革の底流をなす中長期的なトレンドである。今回の「医療制度改革法」や「診療報酬改定」等をみると、厚生労働省がどういう方向を目指そうとしているのかがはっきり分かる。

4. 医療提供制度改革の課題と展望

現状の医療提供制度は、病院相互あるいは病院と診療所の機能分化が不十分であるという問題がある。これには福祉・介護の立ち遅れにより、本来これらで受け持つべき領域を医療保険でカバーしてきたという沿革的理由がある。また、医師と患者の間にある情報の非対称性が解消されないこと、医療の地域差が大きいこと(1人あたりの老人医療費は、最大と最小で約30万円の格差)、医療の情報化の立ち遅れ、医療供給に対するガバナンスが十分機能していないことなどが医療提供制度の課題として挙げられる。

それではこれらに対して、どこからどう手をつけていけばよいのか。

まずそもそも、パラダイムのシフトを認識すべきである。過去の医療は1つの病院で完結し、転院はある病院で治療不能などの極めて例外的な場合であった。しかし将来の医療提供制度は、複数の医療機関で連携し、患者の症状等に見合った医療を提供する形になる。キーワードは「医療等の機能分化と連携」であり、医療提供制度改革のメインストリームを形成している。ただし「手段の自己目的化」が生じており、医療の外来機能をどういった形で提供していくべきか、また入院への繋ぎ・退院後の医療やケアを介護や福祉を含めどのようなシステムでカバーするのかといったことが必ずしも明確でない。「機能分化と連携」が機能するための「必要十分条件」の吟味が必要である。

このようなパラダイムに立つと、以下の3点の対策が挙げられる。

(1)プライマリ・ケアの構築
解決の重要な鍵を握るのは、プライマリ・ケア・システムの構築である。住民の疾病管理やコンシェルジェ機能を家庭医が果たすと共に、必要に応じて病院への紹介あるいは病院からの逆紹介の「受け皿」機能を果たすことが期待される。今回の医療制度改革においてもプライマリ・ケアについては正面から取り上げられているとはいえない。「かかりつけ医機能」という言葉も曖昧であり、プライマリ・ケアについては概念からきちんと議論を尽くすことが必要である。

(2)地域における面としての連携
各地域の中で医療関係者が創意工夫を凝らし住民のニーズを最も適切に受け止められる仕組みを「面」として構築することが必要である。システムの組み方は地域によって異なるが、地域における突出的地位を締める基幹的病院が、医療・介護・福祉の包括ケアシステムを思考・実践する形(寡占・ハード型)や地域医師会が介護ケアコンファレンスや福祉団体を巻き込み、医療・介護・福祉の連携ネットワークを形成する形(連携・ソフトネットワーク型)がある。

(3)医療と患者の関係の再構成
医師と患者の関係の認識について、医師と患者でギャップが存在する。医師と患者の関係の在るべき姿について共通理解がないことに加え、医師と患者の関係の現状認識について医師の見方と患者の見方は全く異なる。医療の実態・実感に合わせ、医師と患者の関係を再構成することが必要である。

5. 政策の誘導手法

あるべき姿を描けたとして、その政策誘導手段が問題となる。その方策としては、以下の3つのオプションがある。
(1)地域医療計画策定する計画経済的手法
(2)診療報酬による誘導
(3)医療機関の情報開示と患者による選択
どれか1つというのは問題があり、ポリシー・ミックスでいくよりない。(3)の情報開示と患者による選択を重要なメインストリームとしながら患者に選択されない医療機関が淘汰されるような手法・仕組みの検討が必要である。

6. まとめ

社会保障のあり方は最終的には国民の選択である。医療政策につき国民的な議論を行うためには、原理原則の再考を含め基本に立ち返るとともに、データに基づき国民的な議論と意思決定を行うことが必要である。また、医療政策は部分だけ見ると判断を間違える。医療提供・医療保険・診療報酬というサブシステムが繋がっている「構造」として捉えるべきである。