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公共経済政策ワークショップ

2006年10月12日

『エネルギー安全保障政策の課題』

鈴木達治郎 公共政策大学院客員教授((財)電力中央研究所上席研究員)

2006年度冬学期第2回目の公共政策ワークショップでは、鈴木達治郎公共政策大学院客員教授((財)電力中央研究所上席研究員)が、『日本のエネルギー安全保障政策―「エネルギー安全保障研究会」中間とりまとめにおける政策議論から―』というテーマでが講演を行った。

1. 背景

まず、日本のエネルギー安全保障問題の背景として、近年の原油価格高騰と中東政治の不安定化が挙げられるが、これは第1次石油ショックや第2次石油ショックとは違う状況にあると考えられる。供給面では、OPEC の生産余力や日米の精製余力が低下する一方、資源ナショナリズムが一部の産油国、産ガス国にみられるとともに、エネルギー施設、供給ルートに対するテロリズムの可能性もある。需要面では、世界的には中国等途上国において人口が急増しており、同時に経済も高い成長をとげており、世界的に中国等途上国を中心にエネルギー需要が著しく増加している。他に、天然ガス、原子力、電力における「新たなリスク」や自由化による安定供給への不安等が考えられる。

2. 研究会の目的

近年、原油価格高騰、その高止まり、それに伴うエネルギー安全保障問題が相当深刻化しているという認識が世界的に広まっている中、従来とは異なった新たなエネルギー安全保障上のリスクに対応するため、新たな我が国のエネルギー安全保障政策の立案・実行が喫緊の課題になっており、このような危機感の下、エネルギー、外交・防衛、経済・金融、文化の専門家、エネルギー業界の経営者の参加を得て「エネルギー安全保障研究会」を資源エネルギー庁長官の私的研究会として設置し、昨年12月より計6回にわたって、エネルギーのサプライチェーン全体の中で、国内資源が乏しい我が国がどのような対応策をとるべきかについて検討を行っている。これによって、エネルギー安全保障の新たな「枠組み」作りや官・民の役割分担、市場の不完全さ(失敗)に対する政府の関与の明確化がなされることを目的としている。

3. エネルギー安全保障の定義

エネルギー安全保障の定義としては、安全保障の3原則すなわち、「何を(対象)」、「何から(リスク)」、「どうやって(対応策)」を踏まえる必要がある。

まず「何を(対象)」についてだが、必要なエネルギー(量)を適正な価格で供給すること(サービスを含む)を保障することが第一義的目標である。従って、上流の開発だけでなく、輸送や消費者への販売にいたる中流・下流も含むエネルギー全体の能力が十分でなければならない。また、我が国の経済・産業は、アジアを中心とした国際分業ネットワークに組み込まれており、アジア、世界市場と相互依存、密接不可分関係にある状況下、アジア、世界経済と共生していくことが極めて重要である。エネルギー市場も国際的に連動しており、こうした現状を踏まえれば、我が国のエネルギー安全保障の確保のため、アジア、世界のエネルギー問題に国際社会と協調して取組み、貢献していくことが必要である。

次に「何から(リスク)」(エネルギー安全保障の脅威)である。これはシナリオ・プランニングで多様・不確実なリスクを把握され、大きく分けて5つ考えられている。(1)中東地域の政情(世界全体の約3分の2にも及ぶ石油資源を保有する中東地域で、様々な不安定要因が顕在化している。例えば、イラク情勢の不安定化、中東各国におけるテロリズムの脅威、核問題を巡って高まるイランと米欧の緊張関係等である。)、 (2)テロ・災害・事故(不祥事)については、米国における同時多発テロや、イラクにおける国内治安の悪化とテロ活発化の中での石油輸出への影響、昨年の米国におけるハリケーン被害、エネルギーの輸送面での安全も重要であり、マラッカ海峡を含む関係水域(シーレーン)の安全問題もエネルギー安全保障へのリスクとして認識される。 (3)供給国の投資減退(世界の主要な供給国の中には、自国のエネルギー資源を戦略商品として位置付け、エネルギー部門への国家管理を強め、外資導入に対する姿勢を後退させる動きが顕在化しつつある。いわば、供給国によるエネルギー市場への介入が投資促進にとっての制約要因となっている。例えば、ロシアは、エネルギーを国家戦略上の重要な力の源泉の一つと捉え、改正地下資源法を国家院へ提出する等石油産業への国家管理を強化している。このようなロシアの動向が国際エネルギー市場にどのような影響を及ぼすかについての関心が高まっている。また、中南米における主要産油国であるベネズエラでも、政府による石油産業への介入が強化され、外国投資にとっては条件の厳しい法制度等が導入される等の動きが見られる。)、 (4)需要国(中印等)の動向(中国やインドを中心として、発展途上のアジア需要国においてはエネルギー需要が大幅に増加しており、エネルギー輸入依存度が着実に上昇しつつある。この傾向は今後も持続すると予想されている。これが、国際エネルギー市場の需給を中長期的にも逼迫させる要因として注目されはじめている。さらに今後、国際エネルギー市場における供給に支障が生じるような場合、過去の石油ショック等における輸入国・消費国としての経験を持たない中国等の需要国がどのような行動をとるかが国際エネルギー市場の安定に大きな影響を及ぼすものと考えられる。中印等以前の石油危機を経験していない消費国のパニックも警戒する必要がある。)、(5)エネルギー産業に係る問題(エネルギー安全保障を確保するには、エネルギーのサプライチェーン全体の能力が十分でなければならない。これは、石油に限らず、天然ガスや電力にも当てはまり、インフラ整備も重要である。しかし、国内のエネルギー市場においても、様々な構造的変化が生じつつあり、それがエネルギー安全保障にも影響を及ぼしつつあると考えられる。その一例として、エネルギー市場の自由化がある。自由化は、エネルギーコストの低減や効率性の向上を大きな目的としているが、 事業者にとっては先行きの経済・事業環境や自らにとっての需要(顧客)確保が不透明になり、競争の激化が予想されるようになる。さらに、人口減少は、エネルギーの減退を招き、設備投資への抑制要因となる。このため、エネルギー企業はエネルギー供給設備への大規模投資に対してより慎重な姿勢をとるようになる可能性がある。

4. 対応策(「誰が」、「誰と」、「どうやって」守るか)

まずこれを、(1)予防的対策(リスク・脅威の発生を予防・回避するための対策)、(2)体質強化策(リスク・脅威が発生した場合でも、影響を緩和したり、影響を克服する能力を強めたりするための対策)、(3)緊急時対策(リスク・脅威が発生した場合に緊急事態への対処としてとるべき対策)の三つに分類する。 さらに、具体的な対応策の整理としては、内容や性質に関しては、主体(政府の対策か、民間の対策か、官民合同の対策か)、時間的なフレームワーク(短期的な対策か、中長期的な対策か)といった視点に基づく整理をすることが重要である。また、エネルギー安全保障のための国際的な対応策を考える上では、「誰と(あるいは誰に対して)」対策をとるのか、という視点を持ち、主要国(米、中、印、露等)、国際的な枠組み(G8、IEA・IEF 等)、地域的枠組み(ASEAN+3、EAS、APEC 等)との関係を考慮した対応策を考えることが必要である。

実際の国際的な対応策の強化としては、アジアの需要国との関係において共通認識を醸成・強化していくべくASEAN+3、EAS 等の地域的枠組みの有効活用を図ることが考えられる。その他、緊急時対応策の強化として、主要天然ガス供給国からの天然ガスの供給に支障が生じたり、価格の高騰といったリスクに備え、業界内・業界間の融通、またアジアのみならず世界全体でのLNG の輸入国間の連携・融通を図るとともに、仕向地を柔軟に変更できる長期契約を導入する等、日本企業のグローバルなLNG ビジネスの展開を推進することが必要である。

5. 行動計画につなげる事項

アジアの大需要国がパニック的な行動に陥らないためには、協調した行動がお互いに利益をもたらし、重要であるという認識をアジア地域で高めていくことが重要である。そのため、緊急時対応としての石油備蓄協力の推進が必要である。その際、各国それぞれが石油備蓄を構築することが基本であり、このため、備蓄先進国である日本の備蓄技術・ノウハウ・制度面での協力は有効である。さらに、中長期的には、アジア各国が石油備蓄を構築することを基本として緊急時融通制度等を通じたアジアにおけるエネルギー協力の地域的枠組みの構築を模索する必要がある。さらに、危機が発生した場合に備えて、個別企業の危機管理体制の構築を推進するとともに、それにとどまらず業界内・業界間・地域といった広がりの中で危機管理体制を構築することを推進する。

6. 質疑応答

Q1. エネルギー安全保障研究会は資源エネルギー庁長官の私的研究会という位置づけであるが、この研究会の中間とりまとめが経済産業省や資源エネルギー庁の政策形成にどのように反映されるのか?

A1. 経済産業省の新・国家エネルギー戦略に反映されたということになっているが、委員によって反映されているかどうかの捉え方は異なる。この研究会のとりまとめは私的なものとしての位置づけだが、新・国家エネルギー戦略は内閣の閣議決定を経た公的なものである。

Q2. 自主開発原油とは何か?

A2. 日本の政府が企業の石油開発に財政支援し、日本の資本で海外の油田を開発し、その油田から採掘された原油を買う権利を得ること。日本は過去に石油公団が中心となって油田開発のリスクを国が負うことで自主開発原油を推進してきたが失敗してきた。

Q3. 自主開発原油の積極的な推進に対して懐疑的な理由は?

A3. ある程度の自主開発はエネルギー安全保障上ある程度意味がある。しかし新・国家エネルギー戦略における40%という数値目標は、根拠が不明で実現が不可能と思われる。無理に政府の目標として実行しようとすればかなり大きなリスクを負うことになり、石油需要があまり伸びていない日本の現状からすると、開発競争に加わることは資源獲得競争を過熱させることになり、政治的にもマイナスになる。

Q4. 国際的な核管理のなかで日本の原子力政策における問題点とは?

A4. ウランを濃縮する技術と、使用済みの核燃料からプルトニウムを取り出す核燃料サイクルという二つの技術が、核兵器開発につながる技術であり、核の平和利用国のなかでの濃縮・再処理施設の拡散防止が国際的に進められている。それは濃縮・再処理という技術を多国間で管理する国際管理構想であり、日本は国産エネルギーとしての核燃料サイクル政策の推進のため反対をしてきたが、方針転換し管理構想に賛成することになった。しかし従来からの核燃料サイクルの政策は国産エネルギーとしての開発であり、国際化はその政策と一部矛盾する危険性を秘めている。

Q5. エネルギー安全保障上、近隣諸国との関係が大事になるが、中国との外交問題となった東シナ海での資源採掘問題についてどのように考えるか?

A5. まず国境線の問題を除いて、東シナ海の油田は埋蔵量があまり大きくなく、石油需要が伸びていない日本にとってあまり価値があるものとはいえない。中国の石油・ガスの需給バランスが安定することのほうが、日本にとってメリットをもたらす可能性がある。この問題はエネルギーのみの問題ではなく外交問題化してしまいこじれてしまったが、先日の日中共同声明で、日中の首脳が共同開発を確認したことは喜ばしいことである。