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公共経済政策ワークショップ

2006年11月16日

『日本企業の経営者論』

小城武彦氏(元(株)産業再生機構 マネージングディレクター)

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 今回は元産業再生機構マネージングディレクターの小城武彦氏に日本企業の経営者論についてお話いただいた。
  氏は旧通産省の官僚からキャリアをスタートした。時代はバブル後の円高が続く中、市場環境が大きく変わろうとしていた。この頃大企業に勤めている同僚に元気がないことに気づく。氏は当時中小企業の担当でベンチャー支援をしており、ベンチャーから日本の産業を活性化させようとしていた。
  しかしリスクをとったことのない役人が本当に経営者の立場に立って政策を考えられるのかと自己反省する。官庁を辞め、現在ツタヤなどの事業を展開するカルチュアコンビニエンスクラブ(CCC)の社長に掛け合いかばん持ちからビジネスの世界に踏み込む。 以後CCC、ディレクTV(米系衛星放送会社)への出向、ツタヤオンラインの社長を経て産業再生機構入りし、カネボウの代表取締役として企業再生を指揮、再生機構の株式売却と同時に退職。現在に至る。出向では欧米型の組織について学び、ツタヤオンラインでは企業のカルチャーの重要性を学んだ。CCCでも経営者の存在の意義を学ぶ。このノウハウの蓄積から産業再生機構でのカネボウ再建に大きく寄与した。
  今回の講義ではなぜ日本の大企業は優秀な人材がいるにもかかわらず、元気を失い、破綻に陥るのかを大きなテーマとしていた。氏は企業の類型に言及しながら結論として大企業の経営の質が成熟していないことを主張した。

 氏はまず企業を二つのタイプに分ける。一つは(1)従業員が終身的雇用意識、企業に対するロイヤリティーを持ち、(2)中間管理職の裁量が大きく、(3)株主の規律がこれまで弱く、(4)経営者は内部から昇格していく、という4つの性質に代表される「帰属型組織」。 もうひとつは(1)従業員は特定の目的意識を持って会社に入り、その目的が達成された場合若しくはwsogi02達成が不可能であると判断した場合には転職することをはじめから想定している、(2)職務の範囲はそれぞれ明確に決められており、(3)株主の規律が強く(4)幹部陣は外部から調達することが多いといった特徴を持つ「参加型組織」である。傾向として前者は日本の企業に多く当てはまり、後者はアメリカ企業に多く当てはまる。
  そして特に前者に属する日本の大企業の多くがここ10年の間に経営で大きな破綻に直面した。
  主な企業を取り巻く環境の変化としてグローバル化が挙げられる。規制緩和とともに日本にも海外からの投資が増え株式市場も活発化し、株主からの規律づけが強くなった。投資家は合理性や利潤の追求を重視し、身内意識が強く大胆な戦略変更が取れない「帰属型組織」を非効率的だとし「参加型企業」への組織転換を迫っている。海外の投資家の多くは日本の「帰属型組織」経営に業績が伸び悩んでいる原因があると考えているのである。 しかしながら問題は組織の類型の違いによるものではないと氏は語る。帰属型の企業でもトヨタ、キャノンなどの企業は成功を収めている。では何が業績不振の原因であるのか。 「帰属型組織」にもメリットは存在する。それは(1)従業員の企業に対するロイヤリティーの高さ、(2)チームワーク、(3)金銭よりもやりがいを重視するといった点である。 これをうまく利用できたか、できなかったかで、帰属型組織も二つに分けられる。 成功ケースでは(1)社員が高いレベルのモチベーションとポテンシャルを発揮し、(2)管理職が現場で推進力となり柔軟に変化に対応する。(3)また社員は給与のみでなくやりがいを重視するため人件費を低減し高収益につなげることができる。
  一方失敗ケースでは(1)企業に対するロイヤリティーが同じ仕事をする仲間に対するロイヤリティーに変わり、(2)マーケットからの逃避が進み市場競争よりも内輪での調和を保つ方向にベクトルが向くため柔軟な判断ができず、(3)働かなくてもよい幹部層などを生み出し非効率となる。では成功ケースと失敗ケースの間にある差は何か。これが経営の質であると語る。氏はCCCで学んだ経験から経営者にしかできない専管事項が二つあるという。一つは従業員に対する会社理念の浸透活動であり、もう一つは痛みを伴う戦略の大きな転換である。 失敗ケースに陥る原因は社員が入社時に抱いていた企業理念に対する共感が薄れ、所属する組織に対するロイヤリティに変わってしまうことである。経営者は企業が目標とする価値が何なのかを絶えず浸透させていくことで従業員をモチベートしなければならない。また市場環境の変化から必要となる、現場に痛みが伴う経営方針の転換は、ボトムアップで策定されることは希で、経営者のリーダーシップによって策定されなければならない。リストラクチャーや事業戦略の変更などを大胆に行う必要がある。

wsogi03 「帰属型組織」の経営者は(1)会社の風土を熟知している反面、(2)社内昇格ゆえ、社内に絶大なるパワーを持ち、(3)中間管理職が日常の執行業務の大半を処理するため、時間的な余裕をもつ、という特徴がある。この様な特徴を持つ経営者が専管事項に注力することで企業は活性化する。一方で質の悪い経営者はパワーを悪用し、怠惰となる。次の経営者は前任者によって選ばれることが多く、新しい経営者は前任者をロールモデルとするため悪質な経営が慢性化し負のスパイラルに陥る。ここに大企業の決定的な落とし穴があるといえる。ではこれからの「帰属型組織」経営者に求められる資質はどんなものか。

 まず情熱で企業理念を従業員に伝えていく「人間系能力」が必要である。氏はベンチャーの企業にいる従業員が元気な理由について、経営者自身が「歩く経営理念」であり、従業員がそれを身近に感じられるからだという。経営者は自分が作った理念を自分から裏切ってはならない。トップが守れない理念を社員は守るはずがない。これも「人間系能力」のひとつである。 緊急時の場合には、新たな戦略策定にはロジカルに分析する「頭脳系能力」が必要であり、戦略実行ではこれを推進していくにはやはり「人間系能力」が必要である。なぜなら、現場に生じる「痛み」を痛みを受ける従業員に直接説明しなければならないからである。これを回避すれば、会社へのロイヤリティーなどの「帰属型組織」の強みが崩壊してしまう。
  「頭脳系能力」はコンサルティングファームなどから調達することも可能だが「人間系能力」は経営者の経験した試練の数などに依存する、普通では身につけられない能力である。そこに希少性が存在する。 経営者は常に進歩していかねばならない。経営者の器が企業の器になるからである。 氏はグローバル化による株主の規律付けの高まりで経営における鎖国は終焉したと語る。企業のすべてが「参加型組織」に転換するという想定は非現実的であることから今後「帰属型組織」の大企業が成長するには新たな担い手の登場が必要である。
  物言う株主と従業員の間で「帰属型組織」の経営者は株主に対しては論理性を持って自社の経営について説明し、社内に対しては情熱を持って企業理念を浸透させねばならない。これからの経営者は論理性と情緒性を自己の中で統合して経営に望まねばならないというのが氏の結論であった。

wsogi04*質問

Q1:公官庁にも小城氏が述べるような経営者の存在が必要ではないか。

A1:官庁には売り上げという概念がなく、アウトプットをチェックする機能がない。そのため省庁のほうがその省が達成する理念を浸透させる必要がある。この点で経営者的な人材が必要だという指摘に同意する。大臣、次官が1年交代で代わるという今のシステムにも問題があると考える。

Q2:株主の規律付け以外にも企業に対する外部的なチェックの手段が必要ではないか。

A2:近年は株主の規律付けが効き始めている。企業側もこれに応じて意識が高まり始めている。

Q3:通産省にいて身についたこと、活かされたことは何か。

A3:産業を分析する際のさまざまなフレームワークの使い方は通産省時代に学んだものである。現在の事業分析などにおいてもその考え方は活かされている。

Q4:新しい経営人材を生み出すためにはどうしたらよいか。

A4:人材の育成システムを変える。今の企業は専門職種を極めたものがある段階から経営に参画する。そのようなシステムでは全社的な視点で経営を考える姿勢は養われない。30代後半くらいからそのような視点をもった幹部を養成するキャリアパスを企業が準備すべき。

Q5:参加型組織の社会に移行していきそちらの人材のプールが大きくなったとき、帰属型企業を支える人材のプールというのはなくなっていくのではないか。

A5:従業員の効用関数を考えた場合、参加型は給与が大きな変数になるのに対し、帰属型は給与だけでなくやりがい、仲間意識などの変数も考慮するようになるため企業側は給与を後者のほうが低減できる。合理的に考えても後者がなくなることはないと思われる。

Q6:ブランド価値の中に企業理念が含まれていれば経営者が働きかける必要はないのではないか。

A6:ブランド価値は消費者に対して向けられているものだが、実は、企業理念とほぼ同義。ブランド価値を従業員に浸透させるためにも、経営者が直接語りかける必要がある点では同じ。

Q7:企業理念の妥当性は考えるべきか。もし考えるべきであればどのような基準で判断すべきか。

A7:企業理念は社会的に自社が達成しようとする価値を示すもの。社会的に認められないようなモラルの低い企業理念はありえない。その意味で妥当性は経営者自身が考えるもので客観的な妥当性の判断基準はない。企業理念とは時には利益を度外視しても達成すべきものである。なぜならそれが会社の存在意義にかかわるからである。ジョンソン&ジョンソン社は不良品の在庫を膨大に市中に流してしまい、これを回収すれば赤字になる危機に過去陥った。このとき「わが信条」という企業理念に基づき顧客に対する責任を第1に考え、これらをすべて回収した。この結果赤字には陥ったものの市場の信頼を得て改善後の商品は大きく売り上げを伸ばした。(タイレノール事件)このような例からも企業理念を守ることの大切さを読み取ることができる。