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公共経済政策ワークショップ

2006年12月7日

『安倍政権の外交と内政の課題』

西村陽一氏(朝日新聞政治部長)

1. 安倍政権の外交

小泉政権時代は、対中国外交に関しては「失われた五年」といってもよかった。後継の安倍政権は最初の訪問先に中国を選んだ。その際、安倍首相が意識したのは(1)1972年のニクソン訪中のような電撃的なインパクト、(2)親米と思われていた祖父岸信介が首相就任後にまずアジア6カ国を訪ねた後にアメリカを訪問するという、アジア・ファースト・ディプロマシーを行ったこと、(3)アメリカから訪中歓迎のシグナルがあったこと、などだ。アメリカの内部には日中関係について4つのグループが存在する。(I)のグループは右よりで反中。強大化する中国への牽制の意味で靖国参拝を歓迎する。(II)のグループは、日中関係の悪化や停滞はアジアにおけるアメリカの国益を損なうと考えるものの、アメリカが直接的な介入はしないという、ブッシュ政権と同様なスタンスである。(III)のグループは民主党右派の考えであり、日中関係の悪化は国益を損なうので歴史問題を含めて積極的に介入すべきだと主張する。(IV)のグループは中国重視で日米同盟を基軸とする現在の路線に批判的なグループだ。(II)と(III)がアメリカの多数派を占めており、新政権が日中関係を改善することがワシントンにとっても望ましい、というシグナルを様々なルートで日本に送っていた。

安倍首相の訪中前の日中次官級協議では、日本は無条件の訪中を要求し、中国側は靖国問題についての対応を求めた。交渉はいったん、打ち切られたが、中国側の高官は直後、極秘に再来日した。谷内外務次官が主導した最終局面の極秘交渉の内容は明らかにされていないが、安倍政権側が靖国問題について明白な言質を取らせなかった一方で、中国側は明らかにこの件での心証、感触を得たと思われる。 日中首脳会談を将来も重ねていくことこそが信頼関係を蓄積することになることや、日本から中国に省エネ・環境技術を提供するといったことなども話し合われたと推測される。今回の訪中で、日本と中国は「戦略的互恵関係」にあることが確認された。 これまで、中国は「戦略的」という言葉を大国同士の関係に多用していたが、日本は対中関係ではこの用語を使うことは避けてきた。しかし今回は「戦略的互恵関係」という言葉を日本側が提示し、中国が受けた。72年の「善隣・友好」といったようなキーワードとは違う、新しい日中関係を規定する言葉として位置づけられている。

その「戦略的互恵関係」を考える上で北朝鮮の核問題は重大な試金石となる。北朝鮮は核実験以降、核保有国を自称し、米中と対等なレベルで交渉ができると主張している。そのような中でアメリカは中間選挙で共和党が敗北し、2008年の大統領選を控えている。世論も政策もますますイラク問題が中心になる。したがって北朝鮮問題では中国への「アウトソーシング」の傾向がさらに強まっていくだろう。アメリカは北朝鮮の核保有について、核を持ったことを認めたくはないが、核がテロリストに渡るのを防ぐことを最優先課題に置いている。しかし日本は拉致問題の解決と核・ミサイルの廃棄問題がある。このような温度差を前提とする中で、北朝鮮問題についてどのような連携を図ることができるかは日中関係の「戦略的互恵関係」を測る上で重大な問題である。

安倍政権についてあと二つ、「戦略」という言葉を紹介する。「戦略的互恵関係」を成立させるうえで重要な「戦略的封印」と「戦略的曖昧さ」である。「戦略的封印」とは、安倍首相が議員時代の歴史認識問題などに関する持論を「封印」して対中関係に臨んでいることである。「戦略的曖昧さ」とは靖国参拝について行くか行かないか、行ったか行かないか、を明言せず、あえて曖昧にすることである。しかし、「曖昧さ」に対しては、安倍政権誕生を歓迎した保守派グループの中にはとまどいや不満を表明する人々が出ている。

2. 安倍政権の内政

安倍政権の当初の支持率は60%を超えており、小泉政権の停滞した中国外交を打開してロケットスタートを実現した。しかし現在既に50%を割っており、これまでのところ、高支持率も長続きしていない。小泉前首相と安倍首相の違いはリーダーシップの型である。 小泉前首相が「発動型」「提起型」のリーダーだとすれば、安倍首相は「拒否型」のリーダーではないか。すなわち、官僚たちが上げてくる原案に拒否権を行使して「寸止め」するというパタンだ。また、安倍首相は原則の部分では「闘う政治家」を前面に出しながらも、実行面では調整型の「懐の深いリーダー像」を目指していると見うけられるが、世論調査をみる限り、その「原則」と「実行」の組み合わせ、バランスが空回りしているか、世論の理解を得られていないように見える。安倍首相と小泉前首相は女性に人気があるという点では共通するものの、都市の無党派層の支持という点では全く異なっている。「反自民層」を「親小泉層」に転化したのがいわゆる小泉マジックだ。これによって都市の無党派層の支持をごっそりと固めたのが小泉前首相だった。小泉氏が「反自民の寵児」なら安倍氏は「親自民の寵児」ともいえるだろう。この点がそもそも無党派層の支持という点で安倍氏にハンディを与えている。

安倍政権は小泉内閣時代と比較して20〜30代の若者の支持率を落としている。自民党は安倍政権を支えるグループは大別三つに分けられると思う。 経済成長を重視するグループ、テクノクラート的集団、及び保守的なグループである。安倍政権に対する失望という点では、安倍政権の誕生を熱狂的に迎えた保守層の失望が大きいだろう。彼らが安倍政権に期待したことは(1)経済優先・構造改革優先から理念型政治への復帰、(2)競争原理、市場や効率といった価値の重視から、家族などを基本とする共同体的な価値への回帰、そして(3)主張する外交、自立する外交、である。(1)の期待には教育基本法の改正で応えたが、復党問題で支持率が悪化したのに伴い、改革路線の継承を掲げることによって支持回復をはかろうと試みた。ところが、道路特定財源の見直しで自民党内の大反発を受けた。結果はご存じの通りで、このところ蛇行が見られる。

来年は参院選と統一地方選が十二年に一度だけ重なる政治的な決戦の年となる。自民党が仕掛ける論争の中心には経済成長論争、官公労問題などが考えられるが、民主党は一人区の地方で票を取るために、地方の格差や年金問題を主要なアジェンダにするだろう。また雇用問題では自民党が大学卒業時に就職氷河期を迎えた「失われた世代」といわれる層を対象に「非正規雇用と正規雇用の均衡問題」を取り上げ始めたのが注目される。

<質疑応答>

Q: 社説を書く際、新聞社内において賛否両論の存在する問題に対する社論の統一はどのような過程で行われているのか?

A: 私は論説委員ではないが、例えば、湾岸戦争時、PKOをめぐる姿勢などでは現場の若手と論説委員の間で激論になったことがあった。防衛問題を含め、数千人もの集団の意見が完全に一致するはずもない。ただし、論説委員と編集局は互いに介入しないのが原則だ。アメリカの新聞では、社内の看板コラムニストの書くものと社説とではときに非常に大きな幅がある。イラク戦争報道がそうだった。日本ではときに厳格な社論統一を求める傾向があるが、私は個人的には論争の幅がもっとあってもいいと思う。

Q: 日本で小選挙区制度が導入されしばらく経つが、小選挙区制をどのように評価するか?二大政党による対立が機能していると考えるか?

A: 以前の自民党が抱えていた3つの潮流(社会民主主義的・ケインジアン的潮流、保守主義的・新保守主義的潮流、新自由主義的潮流)のうち最初の潮流が小泉時代に淘汰された。その潮流を政治的に取り込んだのが、もともとのイデオロギーが小泉氏と酷似していた民主党の小沢代表だ。 そのようななかでは英米2大政党的な明確な対立軸が表れるのはなかなか難しい。アメリカが決定的に違うのは、宗教の要素だ。アメリカの対立の根っこには、同姓婚や人工中絶問題等の宗教的な倫理観という決定的な要素がある。現在の日本の対立軸と言えば、成長論争、格差論争、教育再生といった問題が考えられるが、これらは大きな対立軸ではなく、どちらの党が中間層の票を取れるかという政策論争だ。また、米国との比較では日本の特殊事情として公明党の存在があるだろう。

Q: 先日のアメリカの中間選挙では、民主党が躍進しネオコンが排される形になったと思うが、これが日本外交に与える影響は?

A: 中間選挙後の米国はすべてが2008年の大統領選に向かう。共和党のジョン・マケインが勝てば、国防長官にはおそらくアーミテージがなり、外務省は安心材料として受け止めるだろう。民主党のヒラリー・クリントンが勝てば、旧クリントン政権の中国重視グループが政権に入る可能性がある。ブッシュ政権一期にはホワイトハウスに多くの対日人脈がいたが、いまは政権の外に去ってしまった。民主党政権のアジア・シフトはさらに変わる可能性がある。外務省などは、民主党人脈の開拓を行っているところだ。ただし、米軍再編等大きな問題はさほど影響がないだろう。

Q: 今後の安倍首相は、現在の「あいまい戦略」を続けてゆくのか、それともいつか変えるのか?

A: 小泉首相時代は、政策決定プロセスは首相主導だった。現在は党主導に移行しつつある。しかし党の権力の中枢はだれか、という問題が残っている。安倍首相の「あいまい」スタンスの変更について永田町の常識的な見方は、「参院選で圧勝すれば変わる」というものだ。では、自民党は参院選で圧勝できるのか。統一地方選と参院選の時期が重なる十二年に一度の年はもともと自民党に不利であること、平成の大合併の結果、参院選で自民党の手足となるはずの市町村議会議員数が減っていること、有権者の心理として去年の総選挙で自民を勝たせすぎた、といういわゆる「振り子の論理」が働くかもしれないこと等々、自民党に不利な要素がある。従って、現在の首相のプラグマティズムはそれほど変わらないのでは、という見立てが成り立つ。しかし、民主党が有利かというと、候補者選定の運び方を見ているとそうでもなさそうだ。自民圧勝は考えにくいにしても、今のところ、どちらが勝つかは不透明だ。

Q: 新聞の世論調査や新聞自体が、現実の政局に与える影響をどのように考えているのか? 先の自民総裁選に関して、総裁選がつまらなくなったとある新聞社は言っていたが、それは新聞社が既に安倍氏が勝ったといったため、事実上安倍氏に決まってしまったからではないか?

A: 世論調査に関しては、安倍首相自身が、父が総裁候補だったときは世論調査がなかったのに対して、自分は世論調査があったからこそ総裁候補になれた、という趣旨のことを述べている。テポドン発射の影響も大きかったと思う。総裁選に関して、早くからメディアが人気投票的な報道をしていたのは事実だ。実際、小泉時代から、政治の大きな要素が「党首力」にあり、その「党首力」は国民の支持、人気による、という構造が固まった以上、世論データをいっそう重視するのは当然だろう。ただ、早い段階から候補者を絞り込んで聞く方式をとっていたメディア、最初は候補を示さず自由に答えてもらう方式をとっていたメディアとに分かれていたことは指摘しておきたい。

Q: 現在の日本では、政策の対立軸が内政問題中心に思える。日本において、外交問題が国論を二分することはありえるか?

A: 国論の二分ではないが、総裁選の過程で実施した都道府県連幹事長のアンケート調査で、「アジア外交」を争点として重視する声が多かった時期があった。しかし、国政選挙ではそのようなことはまずないのではないか。これは日本だけではなく、アメリカやロシア、フランスといった他国においても外交が選挙の最大の争点になることは珍しい。前回の米大統領選、今回の米中間選挙でイラクが最大の争点になったことは、ベトナム戦争当時とならんで、むしろ例外的な現象だった。