トップページ > Events & Forums > 公共経済政策ワークショップ

公共経済政策ワークショップ

2007年1月11日

『医療機器産業と医療制度』

大西昭郎氏(日本メドトロニック(株)取締役副社長)

1. 医療機器産業とは

 医療機器産業は、世界では20兆円、日本では2兆円程度の市場規模を持ち、ピンセットからペースメーカまで幅広い製品を扱っている。先進の医療機器は、IT・エレクトロニクス・精密機器・材料・バイオテクノジーといった多様な技術のコラボレーションによって生み出されている。ITやバイオテクノロジーの技術革新に伴って、医療機器も進歩していくため、プロダクトサイクルが非常に早くなっており、2年間で3分の2の製品が入れ替わる。この点が医薬品業界と大きく異なっている。不整脈・心不全のためのペースメーカ、慢性糖尿病のためのインシュリン投与機器、血管障害のためのステントなど、先進の医療機器技術は、医療の質の向上に画期的な役割を果たしている。米国では過去20年間で、全体の死亡率の16%低下、平均寿命の3.2年延長、65歳以上の障害率の25%低下、平均の入院期間の43%減少といった変化が起きているが、この変化には医療機器技術の進展と普及が大きく貢献していると考えられる。

2. 医療機器産業が抱える課題

 日本の医療機器産業が抱える課題は大きく分けて4点ある。1点目は、新技術の導入が遅いこと、2点目は研究開発基盤が未整備であること、3点目は市場の予測可能性や制度の透明性が低いこと、4点目は投資インセンティブが不足していること、である。 以下では4つの課題について順を追って検討していく。

(1)日本では、最新の治療法や医療機器が提供されるのに時間がかかり過ぎている。その結果、欧米では使用されているが、日本ではまだ使用されていないテクノロジーが多く存在する。この原因は、承認審査期間の長さにある。日本は、審査のための専門人材が少なく、また改正薬事法が審査手順を複雑化しているため、日本の承認審査期間は欧米と比べて長くなっている。大学などの第三者機関の活用や、海外審査と連携することで、審査の効率化をはかり、承認審査期間の短縮ができるのではないだろうか。(2)新技術の導入プロセスを効率化することと併せて、新技術の研究開発基盤を整備することも大切である。そのために国は、臨床研究に必要な人材育成や医療に関する情報の公開を進めるべきである。また、新製品開発にともなうリスクの分散(医師・患者・企業の間での分散)を明確化することも必要である。 (3)日本の医療機器産業は、市場の予測可能性や制度の透明性が低くなっている。薬事制度の改定や償還価格の見直しが医療機器産業の収益予測を困難にしており、市場の予測可能性を低くしている。さらに、審査制度・監視制度の詳細なルールとその解釈が明確ではないために、制度の透明性が低くなっている。市場の予測可能性や制度の透明性の低さは企業の参入を困難にし、医療機器産業の発展を阻害している。(4)さらに、現行の「機能区分」の仕組みでは、医療機器の性能や品質の差が償還価格に反映されにくいため、新技術や新開発へのインセンティブが働いていないといった問題もある。これでは企業は治験や臨床研究などの投資を実行することを控えてしまうかもしれない。

3. 医療政策の今後

 日本の医療制度は、高齢化と人口減少という社会構造の変化とともに、転換期を迎えている。本格的な高齢化社会の到来は医療費の増加をもたらし、人口減少は一人あたりの医療費の増加をもたらす。日本の医療機関の80%は赤字と言われ、医療保険収支もついに赤字となってしまった。しかも、最新の医薬品や医療機器の導入は欧米やアジアよりも遅れているのが実態である。膨張する医療財政に歯止めをかけるとともに、医療サービスの質を維持し向上させていくためには、効率性や透明性に重点を置いた制度の運用や設計を進めることで、医療機器、医薬品、さらには医療サービスなど関連する分野への投資を誘引していくことが必要である。医療機器の分野については、(1)海外の審査制度とのよりいっそうの調和をはかる、(2)必ずしも政府機関が実施する必要が無いところは第三者が実施する、(3)審査制度や保険制度の透明度を向上させる、(4)統計データや経済性データの公開を促進する、などが新しい技術や治療方法の導入に向けての効率を高めるとともに投資を促進していく上で重要な政策の方向である。現在の医療サービスの水準を維持するためには、2026年までに生産性を2倍に上げなければならない。医療は公的サービスや公的な制度によってまかなうという考え方が中心にあるが、今後は、市場原理によって必要な資源が投入・分配されていく産業的な観点からの制度設計や政策を取り入れていくことが必要だと思われる。