市民社会組織・政策論
Civil Society Organization and Policy

担当教員 / Instructors

田中 弥生

配当学期 / 使用言語 / 単位数 / Term / Language / Credits

S1S2 / 日本語 / 2

授業の目標・概要 / Objectives

【問題意識と目的】市民社会は万能ではないが、健全な政治、経済発展など全てのものの前提である。この領域で、公益を目的に自発的に行動する個人を結集する器が非営利組織であるが、特に市民性を重んじる意味で市民社会組織(Civil Society Organization以下CSO)と呼ばれる。CSOに関する一般的な認識は先進国、途上国を問わず、市民の立場から社会的サービスの提供をもって貧困や教育、福祉等の諸問題に取り組む姿である。しかし、本講ではそれ以上の役割に着目する。第1に、社会的諸問題の背景にある制度や政策など社会システムを変えようとする社会変革の役割であり、第2に高度に専門分化した知識社会において、個人と社会との媒介役を果たし、人々の社会参加の機会を提供し、人々の繋がりや市民性を育む役割である。こうした特徴を有するCSOは単なる政府の代替機能というよりも、地域や国境を越えて社会課題の解決に大きく寄与する可能性をもっている。
本講義は以下の4つから構成される。① CSOセクターを量的・質的に俯瞰した上で、その基本的な理論について学ぶこと(基本的知識の習得)、②日本のCSOセクターの現状と課題を経営面および行政との関係において分析をすること(批判的分析)、③課題解決の一方策として、CSOと寄付者などの資源提供者との間の仲介機能を分析し、その中核的な機能を明らかにすること(課題解決の模索)、④CSOの評価の方法論について学ぶこと(技術の習得)。また、発表やワークショップを取り入れる予定である。
【内容】以下のような内容を網羅する予定である。詳細は詳細版を参照のこと。
・社会統治と非営利組織論 ~ドラッカーのナチスの批判的分析より~
・市民社会セクターの規模と供給量:国連統計サテライト勘定から
・市民社会組織論:経済的アプローチ、知識社会と市民社会組織の役割
・行政と市民社会組織(協働と下請け化)、市場と市民社会組織(CSR、社会的企業)
・良循環構築のための制度設計:エクセレントNPOと評価、仲介機能、税・法制
【文献案内】講義に応じて文献を配布する。

授業のキーワード / Keywords

市民社会組織,NPO,NGO,社会変革,公共政策

授業計画 / Schedule

1. なぜ、市民社会組織・政策論なのか
市民社会は万能ではないが、しかし、すべてのものの前提である。政権を選択し、交代を実現するのも最終的には有権者たる市民である。企業行動に影響を与えるのも突き詰めてゆけば、消費者や投資家としての個人の行動である。市民社会の存在はギリシャ時代から指摘されてきたが、現代では、政府、市場、私的領域の間で、市民が織り成す公的領域を市民社会として説明されることが多い。
 そして、この領域で公益を目的に自発的に行動する個人を結集し、影響力ある成果を導き出す器が民間非営利組織である。民間非営利組織は、NPO、NGOなど様々な名称で呼ばれているが、本講義では、市民社会組織(Civil Society Organization、以下CSO)という名称を用いる。その名称は、国際社会では比較的ポピュラーになっているが、契機になったのは東欧革命である。民主化運動成功の鍵要因となった連帯運動など、市民の自由な自己組織化がCSOの性格をよく表しているからである。
 市民社会組織は、経済、社会、文化的な環境が大きく異なる国々において存在する。それらは社会的に必要なサービスを供給することによって、途上国においては未成熟な政府の代替機能として、先進諸国においては高齢化やニーズの多様化に伴う政府の限界に対応する機能を果たしている。しかし、本講では、それ以上の可能性に着目したい。第1に、制度や政策など社会の仕組みを根本から変えてゆくような社会変革の役割である。そして、第2に、高度に専門分化した現代の知識社会において、政策決定プロセスとの距離や無力感を感じる個人と社会との媒介役を果たし、これらの人々のネットワークや当事者性を育むような市民性創造の役割である。
 他方、これだけの潜在力を有しながらも市民社会組織の実態は未だに解明しきれていない。また、わが国についていえば、組織基盤が脆弱な組織も多く、制度や政策の影響を受け、行政の下請け化など課題も多い。近年、日本の歴代政権は「新しい公共」や「官から民へ」など、主要政策テーマとして掲げているが、理解の仕方や制度設計に課題を残している。したがって、市民社会組織の役割に関する理解と実態の正確な把握に基づき、他の非営利法人制度や政策とのバランスを踏まえた上で、体系性ある制度設計が求められる。

2. 講義の目的
 本講義は以下の4つから構成される。① CSOセクターを量的・質的に俯瞰した上で、その基本的な理論について学ぶこと(基本的知識の習得)、②日本のCSOセクターの現状と課題を経営面および行政との関係において分析をすること(批判的分析)、③課題解決の一方策として、CSOと寄付者などの資源提供者との間の仲介機能を分析し、その中核的な機能を明らかにすること(課題解決の模索)、④CSOの評価の方法論について学ぶこと(技術の習得)、である。
① CSOに関する基本的な知識の習得を目的とし、市民社会セクター像を共有し、その全体像を俯瞰することを試みる。国内外で、社会システムの改革を射程に様々な活動に取り組む市民社会組織を概観し、その上で、非営利セクターの規模やサービスの供給量(国家、市場との比較)について国連統計を用いて説明する。そして、市民社会組織に焦点をあて、経済学、社会学的な論点から、これらの組織論を概観する。
② CSOの現状と課題を批判的に分析することを試みる。すなわち、経営面の課題を財務分析から明らかにすること、また、「行政の下請け化」と呼ばれる現象をデータ分析や政策面から明らかにする。
③ CSOの基盤強化という課題解決策のひとつとして、社会装置の可能性を考察する。すなわち、資金や役務などの資源提供者(個人、組織)とCSOとの間の仲介機能の可能性について仮説を立て、それを内外の事例を持って検証してゆく。
④ CSOの評価について、その基本的な考え方と技法を習得することを目的とする。評価はCSOが社会的な成長するために不可欠な要素である。しかし、CSOの場合、営利企業の“利益”にあたるユニバーサルな評価指標が存在しないために、種々の方法が開発されているが未だ完成には至っていない。ここでは、評価の基礎とその限界を捉えた上で、ワークショップ形式で技法を習得する。
以下は講義予定詳細であるが、ゲストスピーカーによる講義を加えるなど順番や内容について一部変更することもある。

授業の方法 / Teaching Methods

講義形式による

成績評価方法 / Grading

クラスでの発言とレポート

教科書 / Required Textbook

田中弥生著(2012)『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』集英社
田中弥生著(2011)『市民社会政策論 ~3.11後の政府、NPO、ボランティアを考えるために~』明石書店
田中弥生著(2008)『NPO新時代 ~市民性創造のために~』明石書店
E.ボリス、C.E.スターリ編著上野真城子・山内直人訳(2007)『NPOと政府』ミネルヴァ書房
田中弥生著(2005)『NPOと社会をつなぐ ~NPOを変える評価とインターメディアリ~』東大出版会

参考書 / Reference Books

「教材と主要文献」
〇田中弥生著「ドラッカー 2020年の日本人への「預言」集英社2012年
〇田中弥生著「市民社会政策論 ~3.11後の政府、NPO、ボランティアを考えるために~」明石書店2011年
〇田中弥生著「NPO新時代 ~市民性創造のために」明石書店2008年
○田中弥生著「NPOと社会をつなぐ ~NPOを変える評価とインターメディアリ~」東大出版会2005年
・田中弥生著「NPOが自立する日 ~行政の下請け化に未来はない~」日本評論社2006年
・E.ボリス、C.E.スターリ編著上野真城子・山内直人訳(2007)『NPOと政府』ミネルヴァ書房
・田中弥生著「談合問題は新たな公共の担い手に何を教えているのか」ハーバード・ビジネス・レビュー2007年5月号、ダイヤモンド社
・田中弥生著「NPO 幻想と現実〜それは本当に人々を幸福にしているのか」同友館 1999年
・ピーター・ドラッカー、G.Jスターン著 田中弥生監訳「非営利組織の成果重視マネジメント〜NPO、行政、公益法人のための『自己評価手法』」ダイヤモンド社2000年
・レスター・サラモン著 入山映訳「米国の非営利セクター入門」ダイヤモンド社 1994年
・ ロナルド・コース著 宮沢健一他訳「企業・市場・法」東洋経済 1992年
・ デビット・コーテン著、渡辺龍也翻訳『NGOとボランティアの21世紀』学陽書房1995年
・重冨真一監修『アジアの国家とNGO〜15ヶ国の比較研究』明石書店2001年

「関連参考文献」
・ユルゲン・ハーバーマス著細谷貞雄・山田正行訳「公共性の構造転換」未来社1973年
・佐伯啓思著「市民とは誰か」PHP新書 1997年
・井上達夫『新哲学講議7 自由・権力・ユートピア』岩波書店1998年
・ピーター・ドラッカー著 田代正美他訳「非営利組織の経営」ダイヤモンド社 1992年
・レスター・サラモン著 今田忠監訳「台頭する非営利セクター」ダイヤモンド社 1995年
・林知己夫・入山映著「非営利組織の実像」ダイヤモンド社 1997年
・星野英一著「民法のすすめ」岩波新書 1998年
・坂本義和著「相対化の時代」岩波新書 1997年
・ オックスファム・インターナショナル著渡辺龍也訳「貧困・公正貿易・NGO」新評論2006年
・ 山内直人著「ノンプロフィットエコノミー」日本評論社1997年
・Burton Weisbrod " The Nonprofit Economy" Harvard, 1988
・Walter W. Powell "The Nonprofit Sector" Yale University ,2006
・Edit By Dennis Young "Financing Nonprofit" Altamira 2007

その他留意事項 / Miscellaneous Information

第1回4/8:イントロダクション 市民社会組織の役割
講義全体に流れる問題意識とテーマを述べた上で、講義の進め方(方針)、講義の構成について説明する。そして、少子高齢化、財政破綻の中で、政策的なパラダイムが大きく転換されようとして
いるこのような社会において、シビルミニマムをどう再定義するのか、受益と負担に対する国民意識をどう醸成するのか、そして市民社会組織は何を期待されているのか議論する。

第2回4/15:社会統治論から捉えた非営利組織 ~ナチス批判的分析と戦後産業社会論より~
なぜ社会には非営利組織が必要なのか。公共経済的な説明に基づけば、政府の失敗、市場の失敗を補填する存在として非営利組織の必要性が説明される。しかし、これとは全く別の視点から非営利組織を説明したのが青年ドラッカーであった。自らユダヤ人であり、ナチスドイツの屈辱を受けながら、その怒りを執筆のエネルギーに変え、人類が二度と全体主義に陥らないための叡智を模索し第二次大戦中にナチスの批判的分析を出版した。そして、この分析をもとに戦争が終わることを前提に記した社会統治論において、重要な役割を果たすのが企業と非営利組織である。本講義では、青年ドラッカーの葛藤と苦悩の末に生まれた統治論をベースに非営利組織の意義を議論する。

第3回4/22:市民社会セクターとは何か「セクター経済規模と供給量」
ジョンズ・ホプキンス大学と国連統計局が開発した非営利サテライト勘定に基づき、日本、カナダなどの市民社会セクターの雇用数、ボランティア時間、寄付額支出額などを概観する。また、非営利セクターの公的サービスの供給量の推計と政府、市場セクターとの比較について、先行調査(米国)をもとに学ぶ。

第4回5/7:市民社会組織とは何か「経済学アプローチの市民社会組織論」
市民社会組織の存在意義を理論として説明したものとしては、政府の失敗、市場の失敗が有名であるが、ここでは公共財の分権的供給と多元的価値観、情報の非対称性などに基づく各理論について概観する。これらの理論は、市場と政府が十分に機能していることを前提にした理論であるがゆえにその限界もある。ここでは、クリティカルに理論を捉え、受講者の皆さんと議論してみたい。

第5回5/13:ドラッカーの非営利組織論
ドラッカーは、アメリカ社会の多様性を担保する社会装置が非営利組織であり、またアメリカの最大の強みでもあると述べている。しかし、その非営利組織にマネジメント論の必要性を説いた際、多くの非営利関係者から、「企業のような汚い組織と一緒にしないでほしい」と強い抵抗にあったという。しかし30年後にはドラッカーの教えは多くの非営利組織に受け入れられ、その結果飛躍的な成長を遂げた。ドラッカーは自ら財団を創設し、非営利組織の経営診断ツールを開発している。ここでは、経営診断ツールを用いながら、ドラッカーの非営利組織論について論ずる。

第6回5/20:ドラッカーの非営利組織論
第6回で紹介したドラッカーの手法をベースに受講者による発表と議論を行う。実例を扱うことによって、CSOに対する実感と理解を深め、理論と現実の乖離などの課題の発見につなげてゆく。

第7回5/27:CSOの課題 ~経営基盤に関する財務分析~
非営利組織には、企業の“利益”に匹敵する評価指標がないためにその経営判断を難しくしているが、財務的な判断についても同様である。しかし、営利企業を範にしながらも非営利組織に適した指標の開発が少しずつ試みられている。これらの指標を用いて、日本のNPO法人の財務的状況や財務的持続性の要因分析を行った。本講義ではこれらの分析結果を説明する。

第8回6/3:CSOの課題~変容する公共領域と市民社会「政府と市民社会組織」~
「官から民へ」をスローガンにした行財政改革は、小泉政権以降、特に顕著になった。政府部門が担ってきた社会サービスを民間にアウトソーシングする政策が施行される中で、その影響を最も受けたのは、同時期に法制度が施行され設立されたNPO法人である。具体的には行政業務の委託が多くの自治体で行われたが、それは市民社会組織の収入構造、行動様式に変質をもたらし、「下請け化問題」の問題を引き起こした。ここでは、下請け化現象を分析し、その原因を行政側と市民社会組織側の双方から分析する。

第9回6/10:社会装置化による課題解決「インターメディアリ1」
良循環を構築するためには、個人などの様々なリソース(金銭・人材)提供者と市民社会組織を仲介する機能(インターメディアリ)が必要である。ここではまず、リソースと市民社会組織の間で起こっているミスマッチ問題を分析した上で、その解決先としてのインターメディアリの機能を、ロナルド・コースの取引コスト論をベースに説明する。

第10回6/17:社会装置化による課題解決「インターメディアリ2」
取引コスト論に基づくインターメディアリ機能は、市民社会組織の現場でいかに機能しうるものなのか。その事例を米国、英国を中心に分析する。我が国でも、東日本大震災において、市民から寄付を集めNPOに配分するインターメディアリが複数存在した。しかし、それがどこに資金を投じ、どのような成果をもたらしているのかはあまり知られていない。この問題は、インターメディアリのみならず、市民社会組織全体のアカウンタビリティにも影響する課題である。ここでは、日本のインターメディアリの可能性と課題についても議論したい。

第11回6/24:評価とはなにか
非営利組織の評価とは何か。それは営利企業の評価と何が異なるものなのか。そして、それは何を対象に評価するものなのか。本論では、評価論の導入として、先のような疑問を投じながら、非営利組織の評価の特徴および、評価の類型について学ぶ。また、特定の評価指標を多くの者が使い始め、資源配分と結びついた時、疑似市場を造りだし厳しい競争状況を生み出すことがある。その典型例が世界大学ランキングであるが、ここでは、そのメカニズムについても説明する。

第12回7/1:評価的発想(ワークショップ)
日常生活において評価的な行為は至る所に存在しているが、それを体系立てて意識している者は少ない。では、評価とはどのようなものなのか。ここでは、日常生活の身近なところに様々な評価が意識的、非意識的にビルトインされていることを複数の採点競技(スポーツ)を例に挙げながら、ワークショップ形式で学び、評価的な発想方法を習得する。

第13回7/8 評価技法
評価手法や技法は、評価の目的や対象(事業、組織等)によって、そのアプローチや技法が異なる。ここでは、事業評価の一種として、事業の計画立案の段階に評価的発想を導入してゆく手法(Evaluability Assessment)を、組織評価として、“エクセレントNPO”のデザイン方法を紹介する。

第14回7/15:まとめ 
講義全体のまとめと議論を行う。アジェンダについては受講者からの提案を歓迎するが、ここでは議題のひとつとして、政府とCSOの関係を挙げたい。少子高齢化、財政破綻が指摘される中、CSOを政策的に活用する動きが頻繁に見られ、世界でも稀な寄付税制上の優遇措置も設けられた。しかし、日本のCSOが、また市民社会は活発なっているのだろうか。むしろ、市民とCSOの距離は広がっていないか。市民の自発的な活動に対して政府はどのようなスタンスで臨むべきなのか。積極的な意見や問題提起を期待する。

関連項目 / Related Resources