トップページ > Events & Forums > 公共経済政策ワークショップ > 2004年度冬学期

公共経済政策ワークショップ

2004年12月03日

「電力市場改革:現場で日本の自由貿易協定締結の基本方針と
東アジア共同体形成に向けての外交政策の体験」

宮川眞喜雄(財団法人日本国際問題研究所所長)

 

wsmiyagawa01 1.FTAを巡る我が国政府内の方針の変更

 

自由貿易協定(FTA)は、今では我が国の外交政策の一手段として漸く確立された。しかしシンガポールとの協議を開始した5年前には、外務省を含め多くの政府機関の関係者はもとより、学界関係者の間でも、FTAは貿易自由化を世界貿易機関中心にグローバルに促進する我が国の伝統的外交姿勢を覆すものであり、国益を損ねる地域主義だと受け止められ、非難の対象であった。しかし、欧州連合の拡大深化だけではなく、北米(NAFTA), 東南アジア(AFTA)、インド周辺、南米(メルスコール)など世界のあちらこちらの地域にFTAが次々に創設され、その利益から除外される不利益を肌で感じる実業界からは、逆に日本政府の対応は遅すぎるとの批判が提示されていた。

1999年末になって日本政府内でも、FTA創設への自然な流れに抗することの非が認識され始め、日本も自由貿易協定創設に向けて、ようやく政策の舵を切ることになった。この契機となったのは、1999年12月に来日したシンガポールのゴー・チョクトン首相による日シンガポール二国間FTA締結交渉の提案であった。

 我が国政府内では、FTA創設への積極姿勢への転換の理由を次のように説明した。その第一は、WTO中心の多国間での貿易自由化の合意形成が難しくなっていることにある。即ち、(i)GATT/WTOはこれまで関税の引き下げにおいては相当の成果を挙げたが、サービスや投資の自由化は貿易障壁の高低が数値で表し難く、指数化ルール制定も困難であったことから、世界全体の多国間交渉は進展しにくい環境にある。また(ii)GATT/WTOに開発途上国が加入し、貿易機関の議論に南北問題が入り込み、これがまた合意形成を困難にしている。これに対しFTAは、二国間で、あるいは一定の地域内で自由化を進めるものであることから、世界全体の交渉より自由化の成果が得やすい。また、FTAによる自由化は、参加国間の貿易を活性化させるだけでなく、地域外にもプラスの経済的波及効果を期待することができる。その第二は、世界の多くのFTAには、各々の地域に共通の経済的利益があることを認識させ、それが基になって、その地域に政治的協力関係を進展させる土台になっていることである。

そして、世界の各地に進展した地域協力の枠組みは、他の地域を排除するためというより、地域の問題は地域内で先ず解決を図ろうという自助の重要性に対する認識がその根底にある。我が国政府内でも、そうした地域協力であれば、この地域に進展させる意味があると認識が広まり始めた。我が国内では、このような理解に立って、FTA創設に向けてのコンセンサスが徐々に出来るようになった。

 

wsmiyagawa022.シンガポールとのFTA

 日本とシンガポールの間で自由貿易協定を創設することには、2国間の貿易障壁を無くす以上に、極東アジアにおける今後のFTA交渉のモデルとなる意味があった。日本とシンガポールとの間のあり得べき自由貿易協定に関する諸方策を検討する共同研究を行うことが合意され、それを受けて、日本・シンガポール両国の政府関係者、著名な学者及び産業界の指導者で構成される共同検討会合が結成された。その結果、単に財サービスの貿易自由化だけでなく、投資の自由化や知的財産権の保護、政府調達協定の透明性の向上、人材育成(大学の単位の互換性の強化)、金融分野の市場連携など、幅広い分野を含んだ協定にすることで認識が一致し、自由貿易協定という名称より、経済連携協定という名称を新たに使用することが同意された。

2000年10月の両国首脳会談(ゴー・チョクトン首相、森首相(当時))においては、協定交渉を2001年一年間で終了させることが合意され、その合意どおり、2001年10月の交渉で実質妥結に達し、翌年1月の小泉総理のシンガポール訪問時に署名の運びとなった。

 

wsmiyagawa033.ASEAN諸国とのFTA

 小泉総理は、上記日シンガポール協定署名の翌日、シンガポールで講演し、日本とASEAN諸国との間で経済連携を模索すべきことを提唱した。しかしASEAN各国は一人当たりGDPの差が大きく、また全員一致の合意を原則とすることから、ASEAN全体との交渉では、シンガポールとの協定のように幅広い経済活動全体を対象とする質の高い合意を、スピード感を持って纏めることは不可能である。かかる認識に立って、我が国はシンガポールとの協定を基礎として、ASEAN内で日本との協定締結を希望する国から順々に、二国間で合意を形成する方法を模索することになった。

この提案に応じてきたのは、先ずタイであり(2002年4月)、次にフィリピン(同年5月)、更にその次にはマレーシアが手を上げ(同年12月)、その後にインドネシアも関心を表明した(2003年6月)。これらすべての関心表明は、すべて首脳会議で公式に表明されたものである。こうして我が国は、シンガポールの経済連携協定をそれぞれ相手側に手交し、これを基礎に、先ずタイ、フィリピン、マレーシアとの間で、協定を模索する協議・交渉を同時平行的に行ってきている。インドネシアとの間においても、先般の政権交代を経て、既に協議を開始する段階にある。

先の小泉総理の提唱に対し、ASEAN各国は内心、日本とASEAN全体の協定など非現実的であると考えていたが、二国間協議方式提案を行った結果、日本が協定締結に本気であることを認識しはじめ、本格的交渉への気運が生まれた。

 

4.今後の課題 農林水産物の輸入自由化、人の移動の自由化などについて

 以上のように、ASEANの幾つかの国との協議・交渉は開始され、一定の前進を見てきているが、交渉妥結に向けた課題として、我が国の側については、農業を人の移動の自由化が焦点である。我が国の輸入品に占める農林水産品の割合が大きい国(シンガポールが4.9%に対し、タイは約22%、フィリピンは16%、マレーシアは11%、インドネシアは17%)との交渉は、国内農林水ロビーの反対から、交渉が遅れている。

ASEANから質のよい人材を受け入れたいなら、相手国での人材育成に対する経済協力も必要である。ASEANにとって、人の移動は農産物と並ぶFTAの重要なポイントである。

先進国は金融等のサービスの自由化を発展途上国に求めるのに対し、発展途上国は看護婦や介護師など人の移動を伴うサービスの解放を要求している。東南アジア諸国は押し並べてそうした期待を持っており、経済連携協定交渉の中で、その要請を提示してきている。これに対し日本国内では、治安の問題及び国内の職域を奪われるという雇用問題の双方から、このような人の移動に自由化に慎重である。しかし、日本には特に途上国からの人材を受け入れ、国経済の基盤を強化する必要がある。特に高齢化の進行に伴い、介護サービスの供給不足、女性の社会進出によるベビーシッター需要の高まりがある。東南アジア諸国の人々と日本との間では、社会のあり方や人々の考え方に近しいところがあることは、多くの専門家の間で指摘されているところであり、このような人材の移動の自由化を特にASEAN諸国を中心に開放していくことは喫緊の課題であり、目下、業界との関係及び入国管理の関係の双方で、調整が行われている。

 

wsmiyagawa04−質疑応答−

Q1:

 FTAがブロック化を促進するとは思わないが、それでもGATT・WTO交渉を停滞させるような効果を持つのではないかと考えられる。これについてどうか。

A1:

 それはむしろ逆であり、FTAが創設されるようになった背景には、むしろWTO交渉が進捗しないことが挙げられる。現在は、世界的にFTAへ重点がシフトしている段階であり、その分WTOに割かれるエネルギーが減っていることは事実であろうが、紛争処理を担う国際機関としてのWTOの重要性が薄れることはないし、その機能が失われることもない。むしろ、これからはFTAが先端的モデルとなり、そこで得られた成果をWTOに注入していくことで、世界規模の自由化に貢献するのではないかと考えられる。

Q2:

 人の移動についても検討中とのことだが、それは結果的に移民の受け入れにつながるのではないか。

A2:

 経済連携の中で追求しているのは、移民ではなく、サービス提供者の移動の自由化である。とりわけ、サービス提供者の中でも単純労働者よりは、技能労働者(skilled labour)を中心に検討が進められている。日本の資格を取得することが条件であるとか、様々な議論が進められている。受け入れ人数に上限を加えるという慎重論もあると聞く。いずれにせよ、これらは移民の拡大とは次元の異なる問題である。

Q3:

 FTA交渉などに見られる日本の国内合意プロセスは、国際的に見て特殊なのか。

A3:

FTA交渉はそれぞれの交渉国の様々な事情を踏まえて行われるところに利点がある。よって我が国の行っている交渉は、他の諸国の交渉と様々な点で異なるが、それは我が国だけに特有のことではない。あえて言うならばどの国の行う交渉も特殊であり、どのプロセスにも善し悪しがある。日本の行う交渉スタイルの特徴としては、政策が各役所のボトムアップで決められることとの関係で、決断が遅いという点がよく指摘される。そこでFTA交渉では産業界や学界からも参加を募り、その欠点を出来る限り補う努力をした。他国に関して言うと、中国などは政策決定が速い。ただし、このことを共産主義体制に由来すると説明する向きもあるが、それだけでは米国の政策決定過程の速さを説明できない。我が国も、そうした問題解決に向けての体制についても、今後真剣に検討する必要があると感じる。