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公共経済政策ワークショップ

2005年06月06日

開発コンサルタントから見た日本のODA

橋本強司(株式会社レックス・インターナショナル代表取締役)

I.ミンダナオ島での開発の経験から

A.日本とミンダナオ島との関わり
ミンダナオ島に日本兵がいるのではないかという報道が注目を集めたが、結局うやむやになってしまった。しかし、戦争が終わった時点で多くの日本兵がこの島に取り残されたことは間違いなく、日本政府による戦後処理がいかに不十分なものであったかということが窺える。最大の問題は、政府・外務省がミンダナオ島に独自の情報源を持っていないということにある。
ミンダナオ島は、アバカ(マニラ麻)栽培とラワン材やバナナの輸出等を通して、日本と深く関わってきた。ラワン材については深田祐介の『炎熱商人』(文芸春秋)、バナナについては鶴見良行の『バナナと日本人』(岩波書店)を参照されたい。ミンダナオ島の中心都市ダバオには20世紀初頭から日本人の入植が始まり、1935年の時点では約14,000人の日本人が住んでいたという。
それらの日本人は日本軍の戦争遂行に協力することとなったが、終戦時には軍に見捨てられ、棄民となってしまった。おそらく、数千人単位の日本人が迫害を恐れて一部日本軍兵士と共にミンダナオ島の山にこもったことだろう。今もミンダナオ島にはたくさんの日系人がいる。日本政府はこうした問題についてこれまで何の手立ても講じてこなかった。
ちなみに、米国はイスラム系住民の反政府運動に対処する一環として、ミンダナオ島に戦略的にインフラ整備をしてきた。同島のジェネラルサントス空港は米国の援助で建設されたものであり、また、周辺には非常に高規格の幹線道路が整備されている。これは、米軍が非常時に軍用機の発着に利用することが目的である。
もっともODAに関しては、日本への政治的支持を広げるために、外務省はある程度戦略的に行動しているといえる。

B.ミンダナオ島での開発に見る、開発の難しさ
開発コンサルタントは、開発対象地域で先ず開発診断を行う。つまり、データ分析に加え現地の人々との対話や視察を通じて、その地域の現状や開発を行ううえでの制約条件などを調べる。そのうえで、開発の方向性を作業仮説という形で示す。
ミンダナオ島のダバオにおいては、開発診断を行った結果、柑橘類の栽培が有望であるという作業仮説を立てようとした。しかし、それと同時に、「それならばなぜ今まで柑橘類の栽培が行われてこなかったのか」という疑問に突き当たった。その疑問は、ダバオにあるUSAID(米国国際開発援助庁)の事務所で話を聞いたことで解けた。フロリダやカリフォルニアのオレンジ会社がロビー活動を行い、米国政府からフィリピン政府に働きかけて、柑橘類の栽培を「ネガティブ・リスト」(振興しない業種のリスト)に載せていたのだ。途上国での開発の現場では、このような不公正に日常的に接する。
また、ミンダナオ島には果物を扱う多国籍企業が多く進出しているが、彼らの"自己完結性"が現地の産業の発展を阻害している面がある。つまり、彼らはプランテーションでの果物の生産ばかりではなく、果物の加工、包装、輸送、輸出など関連の業務全てを自社内で行っている。それら周辺業務の一部でも現地の事業者に委託すれば、現地の産業の育成に役立つ。結局、多国籍企業の進出によっていくらかの雇用創出効果はあるが、その経済的な波及効果はごく限られたものにとどまる。

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C.低開発地域が発展する方法
そういった状況を打開して低開発地域が発展するためには、二つの方法が考えられる。一つは、多国籍企業が支配している生産・流通組織に対する代替の仕組みを作るということである。代替の仕組みとしては、住民を組織化して共同生産の仕組みを作るということから始められる。こういった取り組みに対して、インフラ作りなどの支援を組み合わせれば自立的地域開発につながる可能性がある。
もう一つの方法は、地場資源を活用して特産品を作るということである。アバカ(マニラ麻)を例にすると、特殊用途紙、布類、手工芸品等の多様な加工品を生産することができる。多様な製品をセットで生産することによって産業として振興することができる。

II.新しい開発協力のあり方、地域活動
開発協力を、善意のボランティアとしてではなく、社会的不公正を正すための政治的行為として実施すべきである。開発における最重要課題である貧困対策としては、大きく分けて二つのアプローチがあった。一つ目(世銀アプローチと呼ぶ)は、途上国を経済発展させて、その波及効果によって貧困を削減するという考え方である。このアプローチは、これまでの開発の歴史を通して、1日1ドル以下で暮らす絶対的貧困層に対しては効果を持たないということが分かってきている。このアプローチは貧困を経済問題としてとらえており、社会問題という視点が欠けている。フィリピンのNGOの間ではこのアプローチは不評であり、富裕層をさらに豊かにし、そのおこぼれを貧困層に与えるアプローチとして理解されている。
二つ目(国連アプローチと呼ぶ)は、初等教育や医療などの社会的セーフティーネットの整備によって貧困者を直接支援するアプローチである。そのうえで貧困者による生計活動を支援する必要があるが、それだけでは貧困状態の永続化につながる恐れもあり、貧困問題を根本的には解決できない。例えば、ある地域で砕石を作り、それを政府が道路建設用に買い上げるという生計活動支援が行われている。しかし、砕石作りが産業として発展していかない限り、その地域の人々はいつまでも政府支援に頼ったままで、ただただ石を砕いて砕石を作り続けることになるだろう。
以上二つのアプローチに対して、今後の貧困対策に求められるアプローチは、地域開発である。これは、生計活動を活力のある経済活動に発展させていくというアプローチである。グローバル化した世界の中では、地域の中だけで閉鎖的に経済活動を続けることはできない。安いものが外から入ってくるのを止められないからである。したがって、低開発地域が発展するには、外に売り出すものを作るしかない。どのような地域でも、必ず比較優位を持つ製品を作り出す可能性を持っている。例えばエルサルバドルでは、価格競争力の低いトウモロコシを発酵飼料として酪農を振興し、地元でしか取れないロロコという花と組み合わせて、付加価値と競争力のあるチーズを作ることができる。

wsHashimoto03III. 開発コンサルタントに求められるもの
開発コンサルタントには、三つのものが求められている。一つは社会的弱者への視点である。例えば援助によってダムを造ると言っても、ダムによる水力発電が現地の人々の生活水準向上に寄与するという視点が不可欠である。二つ目は、善意を生かすための技術や専門性である。三つ目は、水平思考(lateral thinking)である。これは、複雑な事象に対して要素間のミクロな関係のつなぎ合わせとしてではなく、全体を「多面的にとらえて総合的に判断する」思考方法である。
開発コンサルタントは、開発において政治家ともNGOとも異なった役割を果たす。NGOは、一人一助の精神で貧困者に直接手を差し伸べる。一方政治家やオピニオンリーダーの行動は直接的には誰の助けにもならないが、何万人もの人の考え方を動かす可能性を持つ。開発コンサルタントの役割は両者の中間に当たり、100人、1000人単位の人々の考え方に影響を与えて、より大きな開発効果を上げることである。これら三者のアプローチはいずれも必要であり、職業としてどれを選ぶかということは、選択者の資質がどれに向いているかという点で判断すればよい。

質疑応答

Q.外務省について、拉致問題などに対してどう対応すべきか?
A.様々な手段が考えられるが、情報を提供してくれる人の存在が大切。外交において情報の果たす役割は重要だが、その元となるのが人である。また、現在の外交においてはNGO、メディアが影響をもつ。拉致問題についても国際社会の世論形成において国際NGOに訴えかけることが有効と考えられる。

Q.日本、世界において開発コンサルタントというのはどのような位置付けか?
A.日本のODA関係者は約2万人と言われるが、省庁の行政官、JICAやJBICなどの専門機関職員、商社やメーカーのODA部門などの要員を含んでいる。そのうち、開発コンサルタントはせいぜい3000人程度。ODAだけが開発事業ではなく、民間の海外開発投資なども大事であるが、総じて人材不足が問題である。

Q.開発コンサルタントはどのようなビジネスモデルで成り立っているのか?
A.海外での事業については、JICA、JBICなどによるODA予算によっている。良い仕事をすれば、そこそこ儲かりやっていける環境にある。

Q.開発コンサルタントになるにはどうすればいいか?
A.開発コンサルティング企業に勤めること。

Q.橋本さんはなぜ開発コンサルタントという道を志したのか?
A.身内が開発協力に携わっていたというのがきっかけだが、世界の現状を見る中で、多くの人に苦しみをもたらしている不公平について何とかしたいと考えるようになったのが主たる動機である。

Q.コンサルタントとしての信念は何か?
A.生涯一コンサルタントでありたいということ。これからはNGOから研究者や政治家まで様々な人と協力していく必要があるが、その中で開発コンサルタントが中心的役割を果たすべきである。また、コンサルタントとして、個別の援助がどのような役に立つのかというマクロの視点と、社会的弱者への視点を持ってできることを努力してする、人間としての誠実さが大事であると思う。