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公共経済政策ワークショップ

2006年5月10日

『内閣の重要課題としての犯罪対策』

荻野 徹 (内閣参事官(警察庁から内閣官房へ出向中))

2006年度夏学期第4回目の公共政策ワークショップでは、「内閣の重要課題としての犯罪対策」というテーマで荻野徹氏 (内閣参事官(警察庁から内閣官房へ出向中))が講演を行った。

0. 序

近年の犯罪の増加に伴い、犯罪対策が警察にとどまらない内閣レベルのイシューとなってきている。この背景には客観的な治安情勢の悪化だけではなく、昨今の政治・行政のキーワードのひとつとも言える「安全安心」を求める国民のニーズの高まりがあると考えられる。中央省庁等改革による内閣機能の強化・内閣総理大臣のリーダーシップの強化は、小泉内閣において特に注目されているが、そのような流れの中で、「内閣」の重要課題として、犯罪対策が盛り込まれた。

1. 警察行政における政策形成

警察(犯罪対策)における政策とは何であろうか。これまでは、経験則、世間知のレベルでいわば行き当たりばったり的に対応してきたが、「安全安心」を求める国民のニーズは政治的関心を高め、マニュフェストにも取り上げられる一方で、政策評価の要請が生じた。また、新たなアクターとしての被害者の登場も重要。このような背景から、治安(犯罪対策)に分野でも、何を目的にどのような資源を投入し、これをどう評価するかについて、自覚的に、政策という形で明示的に説明することが求められるようになっている。

犯罪対策の主要な担い手は警察であるが、警察行政の分野は、企画と実施の分離という観点で大まかに言えば、国の警察機関が「企画」、都道府県警察が「実施」と見ることができる。警察庁が警察行政における政策の企画立案部門であり、制度の企画(組織、権限、個別の警察規制立法等)、運営の企画(都道府県警察の警察活動を国家的・全国的観点から指導・調整)、他省庁への働きかけによる総合対策の実現(例えば交通安全対策は取締り・規制だけでは困難であり、各省庁を巻き込む必要がある。)を行っている。

2. 犯罪対策のイシュー化

最近の治安情勢を見ると、平成16年の刑法犯認知件数は約256万件(前年比-8.1%)で、検挙率は26.1%。ここ2,3年は前者は減少し、後者は増加しており、沈静化の兆しがある。長期トレンドでみると、人口10万人当たりの犯罪率が、戦後の混乱期以後は一貫して減少してきたが、平成に入ったころから増勢に転じたことが懸念される。他方、国民の意識は厳しく、世論調査によると、我が国の誇れる点として「治安の良さ」を上げる者が激減、財政や景気、教育、福祉問題より高い割合で治安が「悪い方向に向かっている」ことを懸念、これを反映して「安全安心」を求める傾向強い。昨今のアスベスト、BSE、耐震偽装等の問題と同様、警察行政の分野でも、行政の不作為(規制権限の不発動)とアカウンタビリティが厳しく問われるようになっている。

3. 閣僚会議・行動計画・その後の流れ

平成13、14年ごろから、治安問題の深刻化の認識が広がってきた。これを背景に平成15年6月には東京都は治安担当副知事を選任、警察庁は治安対策緊急プログラムを策定、政府レベルでは、犯罪対策閣僚会議が発足した。

対策会議設置の意義は、一言で言えば、犯罪対策の分野における内閣のリーダーシップを具象化であり、その効果を具体的に捉えれば、政策的合意に重しが与えられ、施策展開にはずみをつく(スケジュール感が生じる)ということである。この閣僚会議は現在まで計6回開かれている。第二回では「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を決定し、第四回では「人身取引対策行動計画」及び「テロの未然防止に関する行動計画」が報告された。骨太の方針2004及び2005においてもこの計画に関する内容が盛り込まれた。

次に、「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」の内容として、総計148項目の具体的な施策が盛り込まれている。犯罪対策についての議論は、ややもすると、厳罰化の立場(犯人が悪い)と根本原因(root cause)対策(社会が悪い)の立場との二項対立に陥りがちだが、ここでは、犯罪の起きにくい社会を作るという現実的な犯罪抑止の立場をとった項目が盛り込まれている。さらに、時限をきっており、また可能な限り数値目標を示そうという努力が見られる。

5. 「内閣主導」

中央省庁等改革(橋本行革)の大きな柱が、内閣機能の強化である。内閣総理大臣ないし官邸のリーダーシップの強化により、各省庁からのボトムアップの政策ばかりではなく、トップダウンによる政策展開を図ろうというものである。そのためのツールとして用意されたのは、内閣法第三条の改正による内閣総理大臣の発議権の明確化、内閣官房の企画立案機能の明確化(各省の権限争いなどが持ち込まれた場合に受身で調整するだけでなく、能動的・積極的な政策立案機能を果たすことを明確化)、組織面ではスリムで機動的な内閣官房の実現などである(このほか、総理主導の政策形成の重しとしての経済財政諮問会議など)。こうした官邸主導の政策形成を補佐支援体制の一翼を担うのが、内閣官房副長官補及びこれを補佐する内閣参事官である(事実上、副長官補室と呼ばれることがある。)。

内閣官房が取り組む施策は多岐にわたるが、ひとつのタイプが、突発的に国民生活に重大な影響を与える事態が生じ、政治的関心も高いが、関係省庁が多岐にわたるような場合において、いち早く対策を立て、早く決め、早くやらせることにより、官邸を支えるというものである。最近の事例で、多少なりとも私が関与したものを挙げると、JR福知山線脱線事故、耐震偽装問題、こどもを犯罪から守る対策、寒波・雪害対策などがあり、これらについて、国民の目に見える対策がスピーディーに取りまとめられている。

内閣官房として関与すべきマターは、「突発的」なものに限るわけではなく、私の場合で言えば、「外国人の在留管理に関するワーキングチーム」や「人身取引対策」のような、関係省庁が多岐にわたり政府全体としての取組みが必要な案件などがある。「人身取引対策」を例にとると、人身取引の対象となった女性を被害者として明確に位置づけ(方針の統一)、関係省庁の役割分担を明確化(政府一体の取組みを実質化)した上で、これを犯罪対策閣僚会議で政府全体の重要施策として確認するというプロセスを踏むということにより、内閣のリーダーシップが発揮されている。

6. 結び

当面の治安問題についていえば、昨今の犯罪急増傾向にはようやく歯止めがかかったが、引き続き実効ある対策を繰り出すことが必要であろう。さらに、やや中長期的な視点からは、犯罪対策の分野においても、アカデミズムと実務との交流を充実させることが必要である。そのためのひとつの枠組みとして、警察庁が創設したのが「警察政策研究センター」である。まず、実務家(官僚)が政策の質を高め、外部専門家はこれを評価する適切なものさしを用意し、国民がそれを使いこなせるようにすべきである。

最後に、これだけの官僚批判がなされ、また複雑化する社会において行政はむしろスリム化すべきであるとして、行政の守備範囲が厳しく問い直されている今日、21世紀における( I 種)国家公務員の存在意義は何だろうか。国という大きな組織のある部分に、特定分野の専門家であるとともに大いなる常識人でもあるような人材が一定数存在することにも、それなりの意味があるのではないか。現職の私としては、我々の職場は、将来においてもなお、知的にも人格的にもチャレンジングな職場であり続け得ると言いたいと思う。

質疑応答

Q 経済成長率の維持のためには外国人労働者の受け入れが必要と考えるが、どうか?

A 現在適法に単純労働を行っている日系人が社会からドロップアウトしてしまい種々の問題が起きているという指摘が多い。在留管理制度の見直し等の在留外国人にかかわる制度的・社会的なインフラの整備が重要である。現状のままやみくもに単純労働者を受け入れようとしても、社会的なコストの面で反発を招くだけであるということは、受入推進派もわかっているのではないか。現在の日系人の問題を解決できるかどうかが、今後の試金石となろう。

Q 内閣主導が進むと、国会の役割との関係はどのようになるのか。

A 中央省庁等改革が進めてきた内閣主導とは、内閣(内閣総理大臣ないし官邸)と各省との関係であって、国会との関係を言っているのではない。小泉改革が政−官−業のトライアングルを壊し、政治プロセスの中で与党の影響力が変化しているとの指摘もあるが、ここでの議論とは別の話である。

Q 政策形成における国と都道府県警察の役割分担はどのようになっているのか?

A 国の都道府県警察への関与は限定的であるので、国は一定範囲の企画立案のみを行い、都道府県警察は企画立案と実施の両方を行っている。ただし実際には、都道府県警察は現場の執行面に関心が行きがちで、中長期的な施策などにまで手が回わらないという面もあるかもしれない。

Q 内閣官房はトップに近いがために、その行う施策のチェックが甘くならないか。

A 内閣官房はトップに近いスリムな組織であることに特長があるが、その反面すべきこと・できることには限りがあり、方針の決定や特定の問題の判断は行うが、具体的制度設計は各省が担うことになる。また、内閣官房が関わる重要課題のいくつかは、その重大さゆえにむしろ内閣官房限りではなく、政府・与党の枠組みで決めるなど、事柄の正確に応じた意思決定のプロセスがとられるのではないか。

(注)本講演は、講演者が私的に行ったもので、内容も個人的な見解です。