第74回公共政策セミナー

『なぜ日本ではイノベーションが進まないのか』

講師 KDDI株式会社 代表取締役会長 小野寺 正氏

長年のキャリアにおいて、日々激変する電気電信通信業をつぶさにご覧になってきたKDDI小野寺会長に、日本でイノベーションが進まない理由についてご講演いただきます。

【日時】2013年11月7日(木)15:00-16:30
【場所】山上会館 大会議室 MAP

概要報告

イノベーションとは

私たちの生活や仕事に「イノベーション」をもたらしたサービス・企業として、Google、Amazon、Facebook、Twitter等を例示し、「それまでのモノ・仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出して社会的に変化を起こすこと」と広くイノベーションを定義するところから講演は始まった。

日本と米国の違い

小野寺会長の第一の問題意識は、イノベーションが特にB to Cの分野においてアメリカ企業が圧倒的に強く、日本企業が弱いという点にある。小野寺会長は「考え方の違い(=思想の違い)」と「社会構造の違い」にその原因を見出している。

「考え方の違い」においては、日本は大陸法(=成文法主義)がベースであり、一方でアメリカは英米法(=判例法主義)がベースとなっている点を挙げている。つまり判例を積み重ねて法律が変化していく為、法律で禁止されていない範囲でなんでも挑戦するアメリカ企業に対して、日本企業は法律に明記されていること以外の案件はまず行政に判断を求める。行政はリスクを取りづらいことから、一般的には法律に明記されてなければ躊躇するということである。

「社会構造」においては、日本社会は大企業中心という点であるが故にイノベーションが起きづらい理由が挙げられる。日本の大企業は、レピュテーションリスクを恐れている。例えば、個人情報利用の許容度が低い日本人にしてみれば、ビッグデータの利用等は恰好の批判の対象となる。有識者もこれに対して反論をしないので、ビッグデータを利用したイノベーションは起こらない。すると大企業は挑戦的になれない。そういった企業が社会の中心にあるために、イノベーションは起こりにくい。

日本の情報通信産業からの視点

しかしながら、日本においてイノベーションが全くなかった訳ではない。日本の通信業界においては、1999年のドコモのiモードやauのEZweb、さらにはその後のパケット定額制の導入によってモバイルインターネットの分野にイノベーションを起こした。

第二世代、第三世代の携帯電話において、当時の世界の携帯電話が音声通話とSMSが主流だったのに対して、日本の携帯電話はインターネット接続やEメールが標準搭載され、モバイルインターネットの分野で先行した。このイノベーションの原動力となったのが、コンテンツ、端末プラットフォーム、インフラをすべて通信事業者が主導する「垂直統合モデル」であった。

但し、同時に、世界のデファクトスタンダードとなれなかった原因と、世界的なスマートフォンへの潮流に乗れなかった原因も、この垂直統合モデルにあった。成功したモデルで世界の市場を取りに行くことをせずに国内の市場の奪い合いに終始したあげく、次のモデルへと脱することが出来ずに力を失っていく。ここには次の話題である「モノづくり」とも共通したものを見出すことができる。

日本のモノづくり産業―見えるモノづくりと見えないモノづくり

小野寺会長の第二の問題意識は、日本の製造業が競争力を失い、世界的なシェアを落としている点にある。

これは、アナログ商品からデジタル商品に移行するにつれ、日本企業が得意とする「小型化・高性能化」によって差別化が図れなくなったのが原因だ。日本のモノづくり産業が世界的なシェアを持っていたのは、商品にアナログな機構部分があり、その小型化・高性能化により差別化ができていたからだ。カセットウォークマンなどが好例である。

しかし、AppleのiPodなど、デジタル部品のみで製品が構成されるようになると、どの企業も同じような汎用部品を使うのでハードの技術力では差を生み出せず、中のソフトウェアによって差が生じることになる。

ハードウェアなどの「見えるモノづくり」によってではなく、ソフトウェアなどの「見えないモノづくり」によって差が生じるようになったが、日本企業がその変化に対応できなかったのだ。

イノベーションを生み出していくためには

イノベーションを生み出す条件として、人材育成とイノベーションを育む仕組みが必要だと小野寺会長は考える。

高等教育段階において、大学が将来伸びる産業・技術分野を見極める→集中的な人的・財政的投資→産業界にマッチした人材の供給→成功者による寄付…といったサイクルを作り出すことを目標としている。

同時に、これまで研究を重視してきた大学で、教育も重視していく必要があり、そのために教育業績への評価が進められることが求められている。また、高等教育以前の段階における情報リテラシー教育として、ソフトウェアを駆使する能力を国民全体で身につけ、各人が得られた情報を適切に判断し、発信していく力が必要だと述べている。

イノベーションを育む仕組みとして、大企業の持っている強みによってベンチャー企業を支援する仕組みが有効であるという観点から、KDDIでは∞Labo(ムゲンラボ)というプラットフォームを提供している。大企業であるKDDIがイノベーションを起こそうとするシーズを育てようとする試みで、まだ規模は小さいながらも次のイノベーションを導こうとする意欲的な取り組みだ。

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