EGRM

経済成長とリスクマネージメント
Economic Growth and Risk Management

佐藤智晶先生を悼む(林 良造 本院客員教授)

令和2年7月31日
武蔵野大学国際総合研究所 所長 / 東京大学公共政策大学院 客員教授 林 良造
公共政策大学院の佐藤智晶客員准教授が急逝された。
7月25日朝散歩から帰ったところで佐藤先生のパートナーである関さんからのメールに気が付いた。1時間の間に2度ほどの着信があり、佐藤先生が昨夜急逝したので電話が欲しいというものであった。全く突然のことで一瞬茫然自失の体であった。
佐藤先生との出会いは、私が東大の公共政策大学院に赴任して1年ほどした時であったような記憶がある。当時院長をされていた森田朗先生に、新たに開設した寄付講座の体制を整えるためにアカデミア出身で意欲のある若手の先生はいないであろうかと相談したところ、東京大学法学部で樋口教授のもとで英米法を専攻し、立教大学の助教をされていた佐藤先生を紹介された。
当時の主要テーマが、医療機器の分野で世界をリードするような企業・製品が出てこないのはなぜだろうかとの問題意識から出発した多角的な研究であり、先生の専門である英米法の医療事故や製造物責任法制が深くかかわる問題であったことから、早速講座メンバーに入っていただくこととした。当時私も、米国のロースクール以来の関心事であった「法と経済学」を、明治大学のロースクールで講義していたことから共通の話題も多く大変心強く感じたものである。
医療機器の分野は、医学・薬学・法学・経済学・公共政策学など学際的なものであり、産業界・政策当局・学界にまたがる共同作業が必須で、開発・制度設計などでリードしている米国に対する肌感覚が要求されるものであった。今先生を失って、先生がいかに稀有の存在であったかを改めて痛感している。 先生の留学されていたセントルイスのワシントン大学は全米でも有数のメディカルスクール・ロースクールを擁しており、また同大学と姉妹関係にあり先生も籍を置いていたブルッキングス研究所は、医療分野を含む代表的なシンクタンクである。
このような経験を背景に、着任以来授業・研究に精力的に様々なプロジェクトをこなされてきた。内閣府や経済産業省の行う調査や委員会、産業界との共同研究、ワシントン大学やブルッキングス研究所と連携したセミナー・シンポジウム、OECDの調査、それらを踏まえた数々の研究論文など、驚くべき活動量であった。私も知らなかったが先生は心臓に疾患を抱えておられたとのことであり、今から考えると元気なうちにとの思いがあったのかもしれない。
先生は教育面でも精力的に活動を続けられていた。東大の公共政策から青山大学法学部に移られ、多忙を極める青山大学の学務の間を縫って、東大の公共政策でも英語での“Law and Public Policy”のコースを担当し、新たに開設した「コーポレートガバナンス」、「医療イノベーション」「消費者政策」などなどの講座では、実務家を中核とする講座にアカデミアの立場から参画し、ともすれば固く細部にわたる議論に陥りがちな講義を基本的な大きな視点に引き戻すなど、先生のお世話になった実務家教員も数多くいる。さらに一橋大学においては旧知であったアロンソン教授とともにビジネスローの講座を受け持ちアロンソン教授からは私を介して後任にと打診されたこともあった。
教育の面で最も印象に残っているのは、国交50周年を記念して行われたシンガポールのリクヮンユースクールでの“Japan and ASEAN”という講座である。政府との折衝、東大・リクヮンユースクールとの折衝、講義の構成と質の高い講師の確保などの細部の実務的な部分はほとんど先生の手になるものであった。極めつけはオムニバス方式で行われる講義の質を確保するために、誰かが全講義に出席し試験採点まで責任を持つことが必要となったが、結局先生が学期中ほぼ毎週日本とシンガポールとの間を往復することになった。
また先生には国際総合研究所の開設にあたってもずいぶん助けていただいた。2010年ごろだったか、当時の明治大学の納谷学長から「国際総合研究所」を開設してほしいとの依頼を受け、安全保障問題と国際経済政策を軸とする研究所を立ち上げた。これは現在武蔵野大学国際総合研究所に引き継がれている。その際に医療政策とコーポレートガバナンスを経済問題の中心に置くこととした。佐藤先生はその両面について実務面での中心となり、研究プロジェクトの運営やシンポジウムの開催を担ってくださった。
こうして振り返ってみるといかに多くの場面で先生に助けられたかを改めて認識するとともに、どのようなプロジェクトに対しても持ち前の明るさで前向きに取り組み仕上げる手腕は、先生の人柄と才能の賜物と感嘆を禁じ得ない。
先生が亡くなったという現実に直面して、改めて先生の汲めど尽きぬ構想力、柔らかな人柄、実行力など失ったものの大きさを痛感している。また、これらの分野で今後貢献されたであろうものに思いを致すときに、日本の公共政策がこの若き異才を失ったことが残念でたまらない。
先生のご冥福をお祈りしたい。

© GraSPP EGRM All Rights Reserved.