留学生だより

中村光博 (LKY-SPP)

私は東京大学公共政策大学院からの派遣生として昨年の8月から一学期間、シンガポールにあるLee Kuan Yew School of Public Policy(LKYスクール)で勉強する機会をいただきました。学部時代にシンガポール国立大学に交換留学をしていた際にLKYスクールのことを知り、今回のプログラムには迷わず応募しました。以下、交換留学に興味のある方に少しでも参考にしていただきたく、私の経験を記します。

LKYスクールとは

LKYスクールはシンガポール国立大学に付属する公共政策大学院でシンガポール人の学生の割合は二割弱で、その他はASEAN諸国を中心に中央アジアや中国やインドなど文字通りアジア全域から政府や国際機関、NGOなどで政策に携わる人たちが集まり学んでいる学校で、最大の特徴は学生の多様性にあると思います。授業のほとんどはディスカッションやプレゼンテーションに充てられ、生徒は皆毎回の授業に向けて膨大な量のリーディング課題やグループワークの準備に追われ、忙しい日々を送っています。

また最初のオリエンテーションで学長が"Socialize hard"というメッセージを送ったように、単に勉強だけをしていればいい場所ではなく、生徒間のネットワーク作りや、学外に自ら活動を広げていくことが奨励され、学校も各種イベントやセミナーでそれをサポートしています。

履修した授業

留学中、私は"Politics in Southeast Asia", "International relations and diplomacy", そして"Negotiation and Conflict management"という三つの授業を履修していました。

Politics in Southeast Asiaでは東南アジア各国のガバナンス上の問題点とその改善策を毎回ディスカッションしました。毎回のディスカッションは白熱し、興奮して声を荒げる生徒や、途中で席を退席する学生がでる授業もありました。軍事政権や、開発独裁、中央集権と地方分権のバランスなど課題の多い東南アジア各国の問題をテーマにしたディスカッションがヒートアップする要因は最終的にはグッドガバナンスとはいかなるものなのか、アジア型のガバナンスというものがありえるのかという大きな問題に帰着します。今後の研究課題が見つかった刺激の多い授業でした。

International Relations and Diplomacyは国際社会が抱える現代的な諸問題について研究テーマの近い教授がオムニバス形式で担当する授業でした。最終回の授業にはインド、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドの大使が招かれて授業で学んだ問題に対する各国の政策等を直接聞くことのできる機会もありました。私はLKYスクールの学長であるKishore Mahbubani教授が担当された21世紀におけるアジアの地政学についての講義が非常に印象に残りました。元シンガポールの国連大使でもある学長は、日本の国連安保理常任理事国入りを含む国連改革案の採決に際し、中国が採択前の数ヶ月にわたって全世界の大使館をあげて日本の常任理事国入り決議に反対するよう説得する活動を展開する中、シンガポールがASEAN諸国で唯一日本の常任理事国入りを明確に支持したことを地政学的な発想に基づいた政策決定の例として挙げ、シンガポールの政策決定プロセスの政治力学やその意図など興味深い話を聞くことができました。

Negotiation and Conflict Managementでは、毎回実際に交渉のシミュレーションをして、毎回そのシミュレーションについてのレポートを提出する授業でした。交渉シミュレーションは小規模のものから大規模なものまで様々なシチュエーションを仮定して行われました。最後に行われた一番大規模な交渉はINSEADというビジネススクールからの生徒も混ざって、ある化学物質の使用の制限へむけての国連での交渉をシミュレートし、各国政府やNGO、国連での議長など様々な役割を割り振られた学生は詳細な資料を事前に受け取り、朝から夕方まで一日がかりの交渉を行いました。

充実したパブリックレクチャー

LKYスクールの一つの特徴に、ほぼ毎週、ゲストスピーカーが招かれて公開授業がされることがあると思います。私も時間が許す限り参加していました。私が滞在した間にも世界各国からゲストが招かれ、例えば世界銀行総裁のロバート・ゼーリック氏や最後の香港総督のクリス・パッテン氏など前から興味のあった人物から直接話を聞く機会は貴重なものでした。日本からも2008年の洞爺湖サミットで日本のシェルパを務めた河野雅治氏が洞爺湖サミットの総括と各国代表のパーソナリティーやサミットでの振る舞いなどについてユーモアを交えて講演され、多くの学生が集まり、私がいた間でもっとも盛り上がった講演のひとつでした。

結び

帰国した今、LKYスクールでの留学生活を振り返ってみて、クラスルームでの勉強だけではなく、留学生活というに非日常の空間における出会いや、出来事から多くを学び、少しは成長して帰ってくることができたと思っています。

留学生活全体を通して一番に印象に残っているのはLKYスクールにはエネルギーが満ち溢れているということです。それは各国の政府やNGOなどで働く者が集まり、母国や地域、国際社会の発展や安定のために必要なノウハウやスキルの習得を目指して情熱や使命感をもって真剣に学ぶことによって生じる活気です。私はそうした活気を肌身で感じ、刺激を受けてきたことで、まだあと一年あるGraSPPでの大学院生活に反映し、より充実したものにしていけることが一番の収穫であったと考えています。そのような自分の経験を踏まえ、私は一年生が留学制度を利用して海外の公共政策大学院に行くことを強くお勧めします。確かに、入学前か直後でGraSPPでの生活の全体像が見えないうちに決断をしなくてはいけないリスクはありますが、上で書いたようなことに少しでも興味がある人であるならば、LKYスクールが充実した選択肢となると自信を持ってお勧めします。

最後になりましたが、LKYスクールへの留学の機会を与えてくれたGraSPP、事務手続きなどで大変お世話になった国際交流室の方々、そして奨学金のための推薦状や毎月の在籍報告を引き受けてくださった奥脇直也教授に改めて感謝の意を表したいと思います。

留学生だより

2009年2月掲載

2008年9月掲載

2007年4月掲載