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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

行政における縦割り等の組織的分断(サイロ化)による弊害の抑止を目指す『ジョインド・アップ・ガバメント』(Joined-up Government [JUG])と『ホール・オブ・ガバメント』(Whole-of-Government [WG])の世界的トレンドと研究動向―システマティックレビューから解ったこと

By 青木尚美   

危機災害時や複雑な社会問題が絡みあう問題、所謂「厄介な問題(ウィキッドプロブレム)」の対応や、ユーザー視点に立った行政・公共サービスの提供には、行政機関が組織の垣根を超えて協働する必要があります。しかし様々な国や自治体の行政において、過剰な組織的管轄意識等による組織間分断(サイロ化)が、そういった協働を阻むことがあります。行政のパフォーマンスを高めるにはサイロ化問題を抑止することは重要であることが指摘される中、これまでその抑止施策とその効果について、研究はどれほど進められてきたのでしょうか。また、行政改革に関しては、少なくとも議論上で世界的な流行になることがありますが、サイロ化問題とその抑止施策はどれほど世界で広く研究されてきていて、どのような学術分野で研究対象となってきているのでしょうか。このような問いに答えるべく、我々の研究チームはScopusとWeb of Scienceの文献データベースにある340の関連論文を対象にシステマティックレビューを行いました。

研究の背景と目的

危機災害時や複雑な社会問題が絡みあう問題、所謂「厄介な問題(ウィキッドプロブレム)」の対応や、ユーザー視点に立った行政・公共サービスの提供には、行政機関が組織の垣根を超えて協働する必要があります。しかし様々な国や自治体の行政において、過剰な組織的管轄意識等による組織間分断(サイロ化)が、そういった協働を阻むことがあります。日本では、特にサイロ化された行政の状況を「縦割り行政」といい、その弊害が度々指摘されてきました。

行政のパフォーマンスを高めるにはサイロ化問題を抑止することは重要であることが指摘される中、これまでその抑止施策とその効果について、研究はどれほど進められてきたのでしょうか。また、行政改革に関しては、少なくとも議論上で世界的な流行になることがありますが、サイロ化問題とその抑止施策はどれほど世界で広く研究されてきていて、どのような学術分野で研究対象となってきているのでしょうか。

このような問いに答えるべく、我々の研究チームはScopusとWeb of Scienceの文献データベースにある340の関連論文のシステマティックレビューを行いました。システマティックレビューは、研究者が恣意的に論文を選ぶのではなく、文献データベースなどから特定の課題に関する論文を網羅的・系統的に抽出・選択肢、評価・分析して、研究動向やこれまでの知見を要約することを目的とします。

今回のシステマティックレビューでは論文を抽出する際、行政の世界でサイロ化問題の抑止を目指した取組みを意味する「ホール・オブ・ガバメント(WG))」と「ジョインド・アップ・ガバメント(JUG)」を検索ワードとして使いました。要約、キーワード、タイトルに、これらの言葉を含み、英語の学術誌で出版された論文に絞って抽出しました。

研究のキーワード「JUG」と「WG」とは

まず論文抽出の際に使ったJUGという言葉の起源は1997年に発足したイギリスのブレア政権に遡ります。他方WGに関しては起源が定かでは無いものの、ブレア政権が発足する以前からイギリスやオーストラリアで使われていた形跡があります。また今回の研究チームに縁のあるシンガポールでは行政における人事、組織、予算設計においてWGが重要なテーマとなっていることはシステマティックレビューをする前から分かっていました。

どちらの言葉もスローガンとして使われ、どの種類の協働・統合や施策を指しているのかについては一定の定義はありません。また、どの組織間の協働・統合を指しているかも一定ではなく、国の省庁間の行政内横断的協働・統合を指すこともあれば、国と自治体との間の縦断的協働・統合や、行政外の社会的アクターも関わる形態を指す場合もあります。

研究結果の概要

研究チームは、先に述べたビブリオメトリックの問いに加え、JUGに言及する論文(以下「JUG論文」)とWGに言及する論文(以下「WG論文」)で扱われる組織間協働・統合の形態や抑制施策について探ることも目的としながらシステマティックレビューを進め、主に次のことがわかりました。

  • JUG論文は1999年に初版されてから2021年までその数は凡そ平行線を辿っているが、WG論文は1992年に初出版されてから増加傾向にあり、この先も組織間協働・統合の取組みを指してWGという言葉が主流になる可能性を示唆している。
  • 最も頻繁に研究対象・事例として扱われた国はオーストラリア、カナダ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、イギリス、アメリカの7カ国(以下「トップ7カ国」)であった。
  • トップ7カ国以外の国や地域を扱った論文の数は増える傾向にあり、2021年にはトップ7カ国を扱った論文の数を上回った。
  • JUG論文は1999年から2021年にかけて19カ国とEU、WG論文は1992年から2021年にかけて50の国と地域が研究対象になっており、特に後者はグローバル化の兆しを示唆している。
  • 様々な協働・統合形態があるものの、レビューした論文のほとんどが、明示されている限りにおいて、少なくとも行政内横断的協働・統合を扱っている。
  • 多種多様な公共サービス・政策分野を扱う論文でWG・JUGは言及されているが、特に保険・医療政策分野や国防に関する論文で多く扱われている。
  • WG・JUGに言及する論文は、行政学だけではなく、環境、医療・公衆衛生、教育、宇宙政策、安全保障、犯罪学、政治学等、幅広い分野に関する200以上の学術誌で出版されており、課題についての広域な分野横断的関心を示唆している。
  • WG・JUGを実現する施策について、事例を扱った質的研究は数多く存在するのに対し、計量的に施策の効果の実証を試みた研究はほとんど無い。
WG・JUGを実現するための施策

多くの事例に基づいた質的研究を総合すると、主に下記の施策に触れています。

  • 組織横断的予算の配分
  • 組織横断的業績指標の活用
  • 横断的組織・コミッティーの設置
  • マトリックス組織の形成
  • 横断的活動の推進に必要なスキルの習得を目指した研修の実施

また、数は少ないものの、組織間協働をリードする人材の重要な役割についても触れた論文もあります(例:Carey et al., 2017; Eppel & Lips, 2016)。組織間協働を円滑に押し進めるには、組織を跨いで活動し、組織間で協働することによって創出できる価値を見出し、様々なステークホルダーの関心と政治的サポートを取り付け、そして、複雑な組織間のプロセスをステークホルダーに整理して伝え全体的な指針を示し理解を求める役割を果たす人材が必要です。その役割に応じて、バウンダリースパナー、ネットワークアントレプレナー、コンプレキシティトランスレーターなどと呼ばれています。

これからの研究課題

システマティックレビューの目的は、現在の研究の動向と積み上げられてきたこれまでの知見を示した上で、これからの課題を提示することでもあります。過去30年程でサイロ化問題の抑止施策に関しては主に質的事例研究が数多く出版されてきましたが、こういった研究に加えて、計量的なデータを使って効果を実証していくことができれば、より強いエビデンスの創出に繋がります。今後世界的にますます社会が複雑化し「厄介な問題」への対応において、いかに組織間の協働が効果的に実現できるかが行政のパフォーマンスに関わってくるかもしれません。また持続可能な開発目標(SDGs)の達成へ向けて、パートナーシップの強化が提唱されています。様々な国の行政がこのような政策的ニーズに応えるためにも、これまで研究で言及された施策やそれ以外の施策を遂行するにあたっての具体的なノウハウや、それらを推進することによるトレードオフ、また組織間協働をリードする人材に必要なスキルセットについての研究がさらに進むことが期待されます。

【研究チーム】

青木尚美(東京大学大学院公共政策学連携研究部准教授)
メルビン・テイ(東京大学大学院公共政策学連携研究部博士課程)
ストゥティ・ラワット(香港教育大学リサーチアシスタントプロフェッサー)

【論文情報】
Aoki, N., Tay, M., & Rawat, S. Whole-of-government and joined-up government: A systematic literature review. Accepted for publication, forthcoming in Public Administration.

 

*Work illustrations by Storyset

青木尚美

青木尚美

東京大学公共政策大学院准教授。専門はパブリックマネジメント。公共部門特有の事情を踏まえつつ、経営的な観点から行政の組織・人材管理及び公共ガバナンスの在り方の研究を行なっている。シンガポール国立大学アシスタントプロフェッサーを経て2020年より現職。ジョンズホプキンス大学修士(国際関係)、シラキュース大学PhD(行政学)。