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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

究め、広めて日本の民主主義を守る 発信し続ける政治学者

By 谷口 将紀   

2024年10月のある日。自民党総裁選を前に、谷口将紀教授の研究室ではコメントや出演を求めるメディアからの電話が鳴り止まなかった。谷口教授のモットーは、井上ひさしが戯曲の中で政治学者・吉野作造に言わせた「学者の仕事は究めることと広めること」。電話の1件1件に丁寧に応対する姿は、アカデミックな知見を象牙の塔に閉じ込めず、世の中に広めることと真摯に向き合う責任を実践しているかのようだ。最高学府の政治学者として責務を果たし、ライフワークとして取り組んできた「東京大学谷口研究室・朝日新聞共同調査」では、20年超の政治家と世論の意見を蓄積してきた。2024年からは公共政策大学院副院長も務める谷口教授に、日本の政治と民主主義の行方をどう見ているのか伺った。

 

――谷口教授は研究者として、政治家と有権者に対してほぼ同じ質問をして毎年、データを蓄積していく東京大学谷口研究室朝日調査」を20年以上、積み重ねてきました。

20年分のデータ分析で意見の変化を探る

谷口将紀教授(以下、谷口) 早いもので、もう20年以上経ちました。政治家と有権者の意識をダイレクトに比較でき、また、類例のない政治家の長期パネル調査として世界的にも希少価値の高いデータの収集に携われたのは、研究者として幸せでした。

長い目で見ると、自民党が大きく政策を変えた時が何度かあります。経済政策は、2005年に小泉純一郎元首相が退陣したあたりから変化しました。小泉政権下の自民党は、新自由主義、小さな政府志向に傾いていたのが、ポスト小泉、特に2008年のリーマン危機で一気に揺り戻しました。

外交・安全保障政策をはじめ、イデオロギー色の濃い政策で自民党議員の「保守化」が始まったのもそのころです。今年の自民党総裁選での第1回投票で、保守派の代表格である高市早苗氏がトップになったことは、こうした自民党の保守化の象徴的な出来事かもしれません。

ちなみに、岸田文雄前首相は大平正芳元首相や宮澤喜一元首相を輩出してきた宏池会の会長であったため、世間では穏健派とイメージされることがあるようです。しかし、我々の調査では、岸田さんの政策的立場は、保守派のリーダー・安倍晋三元首相と大して変わらないという結果が出ていました。

第二次安倍内閣のころは、安倍さんの統制力が強くて、争点態度――その争点について賛成ですか、反対ですかと聞くと、党内の回答のばらつきが小さくなっていました。岸田首相を経て石破首相に代わり、こうした党内の凝集性に変化が生じているかどうかが今後の見どころです。安倍政権全盛期には、「自由民主党なのに自由にものが言えない」という不満が見られましたが、党内で議論百出になると、こんどは「バラバラで、党としての体をなしていない」という批判が起こったりします。

――この20年で、メディアが政治に果たす役割はどう変わったでしょうか。

新聞の朝刊からLINEニュースへ

谷口 政治とマスメディアはいくつかある私の研究テーマの1つですが、政治コミュニケーションの環境は大きく変わりました。教室での一コマを紹介しましょう。今どきの学生は新聞を読まなくなって……というより、もう少し複雑です。講義のときに「今日の朝刊にこんな記事が載っていましたけれど、読んだ人いますか?」と枕を振ると、20年前よりも今のほうが、教室では話が通じるのです。なぜなら、すでに20年前には若者の新聞離れは始まっていて、先の質問に対して手を挙げるのは、1人か2人、あとの人は下を向いてしまい、私は圧倒的少数の学生相手に話を続ける……という感じでした。

それが今や、講義の枕で最新のニュースを取り上げられるようになったのです。朝刊を読んだかと聞く代わりに「LINEニュースに載っているあの記事」と言えば、学生は一斉にスマホを取り出して、「ああ、これか」と読む。東大生にしても、最大の情報源はインターネットなのです。

ただ、ネット媒体で拡散されるニュースには、伝統的なマスメディアを通じた発信とは異なる怖さがあります。先だって、テレビに出演したときの発言が視聴者に切り取られ、X(旧Twitter)でバズる経験をしました。幸い、炎上ではなく、概して好意的な反応でしたが、切り取られた箇所は、私自身としては生放送で不用意に強い言葉を発してしまったと反省していた部分だったのです。インターネット空間ではこういうふうに情報が切り取られ、拡散されるのか、と身をもって知る機会になりました。

――公共政策大学院ではどのような授業を担当されていますか。

谷口 私が力を入れているのは「政治学」の授業です。経済政策コースで政治学を勉強したことのない学生も大勢いますし、民主主義に慣れ親しんでいない国から学びに来る人もいる。そういう方に政治学、特に民主主義の何たるかを、この授業を念頭に置いた教科書を編集し、公共政策大学院ができた2004年から1年も欠かさず続けてきました。

もう1つは、「事例研究(政治とマスメディア)」です。こちらも2004年から毎年開講しており、大半は朝日新聞のジャーナリストを客員教授に迎えて、共同で担当しています。授業内容は年によって変わりますが、多くは政治家、官僚、ジャーナリストをゲストに招いて30~40分程度講義をしてもらい、残りは質疑応答という構成です。学生は事前に指定された予習をしてきた上で授業に臨むので、質問タイムが1時間では足りず、授業時間を大幅に延長することもしばしばです。

豪華なゲスト講義で現場を知る

最近も、のちに首相に就任した石破茂氏や、立憲民主党幹事長になった小川淳也氏などに来ていただきました。石破氏は講義後の懇親会にも、はじめは30分間だけとおっしゃっていたのが、学生との議論が弾んで3時間以上お付き合いくださいました。

――公共政策大学院の「政治学」は基礎的な講義ですね。

谷口 はい。ただ、一方通行の講義だけではなく、毎回小テストを課したり、ディスカッションの時間を設けたりと丁寧な授業を心がけています。学問の最前線は「現代日本政治論演習」という別の授業で扱っています。「事例研究(政治とマスメディア)」は、政治のセンスを養うというか、政治家や官僚に今考えていることを話してもらい、学生たちが政策過程の最前線の空気に触れる。米国・ワシントンDCの大学やシンクタンクなどではブラウンバックセミナー、通称BBLと呼ばれるセミナーがあります。紙袋で持参したパンを食べながら、旬の専門家の話を聞き、議論をする機会です。これを公共政策大学院の授業に取り入れてみました。

ワシントンのBBLセミナーがルーツ

大学の規定で、お恥ずかしい額の謝金しか出せないのに、ゲストの皆さんは、次世代養成のために一肌脱ごうと、お忙しい時間をやりくりして東大に来てくださいます。ありがたいことです。

――事例研究(政治とマスメディア)を履修するのは、政治家やマスメディアを目指す学生が多いのでしょうか。

谷口 社会人学生を除くと、公務員になりたい人と企業に就職する人が半々といったところですね。マスメディア志望の人もコンスタントにいますが、多くはありません。総理大臣になりたいと公言する学生も数年に1人います。将来どうなるでしょう。

政党政治の国際標準とは何か

――あるテレビ番組で、国際標準の政党のあり方を参考にすべきということを提言されていました。

谷口 しばしば日本では、派閥には人材育成機能があると言われます。毎週のように派閥で昼食会をやり、先輩議員とのやりとりを通じて政治家としての作法を身に着ける、組閣・党役員人事ではポストの配分に口を出す……。日本では常識かもしれませんが、海外では非常識です。欧州の先進国では、リーダーは政党組織によって育まれるのが一般的です。

例えば、英国元首相のトニー・ブレア氏は、初めて選挙に立候補したとき、選挙区が相手政党の地盤であったために落選でした。ただ、弁が立ち、負けるべくして負けたけれども善戦したことで党幹部の目にとまり、次の選挙からは労働党の地盤にある選挙区を与えられ、要職に起用されてスターダムにのし上がっていきました。ブレアは党によって育てられたのであって、派閥のような仕組みで育ったわけではないのです。

――政治家育成の仕組みがまるで違うわけですね。では学術のほう、政治学の国際標準についてはどうご覧になりますか。

政治学には、多くの自然科学や経済学のような国際標準のフィールドはありません。論文の被引用度数などいわゆるビブリオメトリクスでは、投稿数や読者の多い英語圏、特に米国の政治学が「デファクト」スタンダードです。

ただ、米国政治に関する論文を米国の学術誌に投稿したら、研究の質が水準に達してさえいれば普通にアクセプトされるでしょうが、日本政治に関する論文を英文査読誌に投稿しようとしても、同じようにはいきません。ただ縦書きを横書きに直す、日本語を英語に訳すのではなく、米国政治学の関心にマッチするように、米国で流行の理論なり方法論なりにギアチェンジする必要があります。

実は、私はこのほど英語で本を出版するのです。当初は日本語で出版した本を翻訳するつもりでいたところ、結局、英語圏での関心や方法論に合わせて―他の仕事で忙殺されているうちに日本の政治状況が変わり、新しいデータもたくさん集まったこともあって―訳書ではなく、続編を書き下ろすことになりました。

米国の学界で活躍する日本人の政治学者に、政治学方法論を専門にする人が多い背景のひとつには、比較的自然科学や経済学に近く、今申し上げたようなギアチェンジが小さくて済むことがあります。

――メディア研究はどう見ていますか。

谷口 日本のメディア研究は、研究者の数が圧倒的に足りないと思います。研究者としてのトレーニングを受けてきた方より、マスメディアの出身で、実務経験を生かして教育・研究をなさる方が多いです。ただ、かつて私が指導教員を務めた若手研究者達を含めて、有望な次世代の政治コミュニケーション研究者が出てきており、学界を盛り上げてほしいと期待しています。

政治のDXをどこまで進めるか

――谷口教授は、デジタルトランスフォーメーション(DX)でもご著書があります。法律や政治の世界でもDXを進めるということですね。憲法のDXの話も耳にするのですが、足下ではどのような動きがあるでしょうか。

谷口 私の主要な研究テーマの1つが政治改革です。政治資金についてアカデミックに研究している人間は少ないのです。先日の政治資金規正法改正で、国会議員関係政治団体については政治資金収支報告書公開をオンラインで提出するように義務付け、47都道府県の選挙管理委員会も報告書をインターネットで公開するところまで来ました。

私がこの研究を始めたころは、政治資金収支報告書は紙冊子で、コピーも許されず手書きで写していました。ただ、政治資金収支報告書がネット公開されるようになったといっても、現在公表されているのはPDF版です。PDFは無料ですが写真画像ですので、文字として認識して分析できるようにするための情報処理が膨大です。ただデジタルにするだけでなく、すぐに分析できるようなデータベース化することが次の課題です。

そう遠くない将来には、インターネット投票も行われるようになるでしょう。ただ、インターネット投票には、セキュリティーの問題こそほぼクリアされていますが、投票の秘密が保てなくなる、すなわち、人々が指示された候補者に投票しているかどうかをパソコンやスマートフォンの脇から監視できるようになる、といった別の課題も指摘されています。このように未整理の点も残されていますが、今回の衆院選も、衆議院の解散決定から投票日までのリードタイムが短く、投票所を設営するために小学校の運動会が中止された、という話も聞きます。インターネット投票の実装に向けて、検討を加速するべき段階にあると思いますね。

――最先端の技術を懸念する声もあります。

谷口 一部で言われているような、街中にセンサーをはりめぐらせて人々の感情を読み取って、たちどころにAIで最適解を見つけて実行する、というわけにはいかないでしょう。民主政治では結論だけではなく、考え、互いに議論するプロセスが大事です。ただ、今のように政府に過度な無謬性を求めず、先端技術を積極的に採り入れて、アジャイル(俊敏)に政治を進めよう、という意見は理解できます。官僚のなり手が減っているのに、周りは政府に無謬性を求め、ますます行政機構が疲弊して人材が集まらなくなる悪循環が起きています。

違った意見とどう出合うか

――「結論だけではなく、考え、互いに議論するプロセスが大事」について、もう少し説明していただけますか。

谷口 インターネットサイトで買い物をするときを思い浮かべてください。過去の検索、購入履歴から「あなたへのおすすめ」商品が表示されます。ネットニュースも同じで、保守的なニュースを読むと、次からは保守的なニュースが優先的に表示されるようになる。阪神の記事を読んだら阪神の記事ばかり上のほうに出てくる。このように肉好きが肉だけを、魚好きが魚だけを選り好みして食べるような情報行動を選択的接触といい、それぞれの人の好みに合いそうなニュースだけがフィルタリングされてデバイスに表示されてしまうことをフィルターバブルといいます。

こうした選択的接触、フィルターバブルを破って、健康のためには野菜も食べなければいけないように、自分とは異なる意見との出会いをどう仕掛けるかが、インターネット時代の民主政治にとっての課題で、そこは電子商取引と大きく異なるところです。

――情報空間のトライブ(部族)化がますます進んでいます。

谷口 社会の分極化をどう防ぐのかが世界各地で重要な論点になっていますが、デジタルは分極化を加速するという説もあれば、それほどではないとの説もあります。日本でいえば、多数の人々が接するインターネットニュースサイトはYahoo!やLINEニュースなど左右さまざまな情報が載る媒体だけれども、左派のメディアばかり、右派の情報ばかりを選り好む人も少数派ながら存在する、といったところですね。

目下の問題は、偽情報、誤情報の拡散をどう防ぐかです。新聞に載っている記事やテレビで放送されるニュースは、基本的にプロのジャーナリストによって裏付けの取られた情報です。これに対してネット空間、特にXやフェイスブックなどのタイムラインに流れる政治情報は、真贋が入り混じっており、消費者側で見分けなければなりません。

民主主義では、様々な情報に接して、その確からしさを見極め、また、自分とは異なる考え方も聞いた上で熟慮するプロセスこそが大事です。その基盤をデジタル・デモクラシーでどう実現していくのか。他者との偶然の出会い、他者とのなにげない会話。それをどのようにデジタル空間に埋め込んでいくのか。逆に、偽情報をどのように排除し、拡散を食い止めるのか。これからも試行錯誤が続くことでしょう。

 

(構成・聞き手=広野彩子、日経ビジネス副編集長/慶應義塾大学特別招聘教授)

谷口 将紀

谷口 将紀

1993年東京大学法学部卒業。東京大学で博士(法学)取得。米スタンフォード大学客員研究員などを経て現職。NIRA総研理事長。著書に『現代日本の代表制民主政治――有権者と政治家』(東京大学出版会、2020年)、『政治とマスメディア』(東京大学出版会、2015年)、『政党支持の理論』(岩波書店、2012年)など多数。