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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

まやかしの「人中心」のまちづくりを疑わない日本人の根深い自動車ファースト信仰

By 三重野 真代   

「人中心のまちづくり」と言われて久しい。しかし「人中心」と殊更主張する背景には「人中心」と謳わない限り“別のナニカ”がまちの中心になってしまう懸念があると推察できる。「人中心」を脅かしている“ナニカ”とは一体何だろうか。世界や日本はどのようにその“ナニカ”と対峙しているのだろうか。

まちづくりの世界において、「人」の対義語は「車」である。20世紀後半、自動車が誕生して以降、人類の暮らしは格段に便利になった。あらゆる国において、山や谷を切り開き高速道路ネットワークを構築し、ロードサイドで大きな駐車場を完備した商店や大規模ショッピングモールが相次いで建設され、「自動車がないと暮らしていけない」人と街があまた生み出されてきた。しかし、自動車は私たちの暮らしに正の効果のみならず、負の効果ももたらした。交通事故、騒音、大気汚染、貧困層の移動困難、小さな商店の消失、中心市街地の衰退、子どもたちの遊び場。気が付くと、街の都市空間の大部分は車道が占め、人々の生活空間は減少した。

20世紀後半、まちはクルマのものとなった。しかし、欧州では自動車の経済性・快適性の価値に流されることなく、1990年代からトラムの復活や駅前駐車場の広場への転換等自動車の負の効果の是正措置を開始している。近年、その流れは気候変動対応の観点から強化され、例えばパリ市では、中心部道路全域を時速30km以下の低速化、車道の自転車専用道への転換、駐車スペースの歩道・植栽への転換、セーヌ川沿い車道の歩行空間化等、自動車ためのインフラ空間をまちや歩行者のインフラ空間に転換させて、パリの姿を変貌させている。

欧州では、持続可能なモビリティシステムへの転換に向けた環境区域マネジメント施策の一つとして「Urban Vehicle Access Regulations(都市部の車両通行規制)」が各国で進められている。都心部での大気の質、交通渋滞、住民の生活の質を改善するため自動車に規制と制限を課すものだ。具体的な手法として、上述の物理的な自動車空間の削減のほか、低排出ゾーン(ディーゼル禁止等)、制限ゾーン(特定時間帯に特定車両の規制)、歩行者専用ゾーン(歩行者のみ、一部モビリティや配送交通の通行許可)、道路の低速規制、駐車規制などがある。

ひるがえって日本について、である。日本でも、ウォーカブルなまちづくりや歩行者利便増進道路指定制度、「ゾーン30プラス」等の施策が挙げられるが、残念なことに日本の取組は、欧州と比べると周回遅れのガラパゴス状態と言わざるを得ない。

まず、「人中心」の取組は広場や歩道空間に限定されており、車道に対しては手を付けられていない。一見、整備されて気持ちよさそうな日本のオープンテラス席では、隣の車道を騒音と排気ガスをまき散らす自動車が遠慮なく時速60kmで走行しているため、同席者の声は聞こえず落ち着いた会話ができないし、店の音楽も珈琲を入れる音も聞こえない。排気ガスはピザのチーズの香りを台無しにし、呼吸器に被害を与える。どれだけ見た目の広場や公園を整え、テラス席やピクニックエリアを設えたとしても、健康と精神を悪化させかねない不完全な人中心のまちづくりが日本では進められている。

次に、道路速度の認識がアップデートされていない。日本では、交通安全を目的に道路指定速度を時速30kmに指定する「ゾーン30プラス」が、全国で約4000か所の通学路や狭隘な道路で設定されている。しかし歩道と車道が分かれていないような狭隘な道路は、欧州では時速20kmの「ゾーン20」や「歩行者専用空間」に指定すべきとされている。他にも、ゾーン30より更に低速な道路の必要性から「ゾーン20」の制度創設が欧州で行われていた2010年前後に、日本では道路の最低速度を時速20kmから時速30km以上に引き上げる欧州と逆行する制度改正が行われた。これにより、交通安全目的で「ゾーン30」に指定されるエリアで、時速20m制限だった道路をわざわざ時速30kmに引き上げる摩訶不思議な現象が現在でも日本国内で起こっている。人通りの多い中心部の道路速度を上げ、歩行者の危険度を高めている国は先進国では日本ぐらいである。

日本でも高齢者の免許返納やライフスタイルの変化等から、自動車以外のモビリティへのニーズが高まり、その選択肢も供給され始めているが活用が進んでいない。原因の1つは狭隘な道路の多さだ。自動車が高速で走る隣では危なくてモビリティを使えないのである。この日本独特の狭隘な道路でも人々の多様な移動を実現させるためには、同一空間内での速度差が小さくし、自動車と歩行者とモビリティが共生する形を整えることが必須である。すなわち、歩行者と共生できる時速20km未満でモビリティも自動車も走行する、低速道路の制度構築が日本で急務である。

欧州では時速20km未満の速度は人の目と目が合う速度として「出会いの空間」と呼ばれている。自動車を完全に制限する歩行者専用空間と、自動車やモビリティと歩行者が共生できるゾーン20を組み合わせることは、環境面のみならず、まちの魅力度向上や賑わいのために有効な施策として認識されている。ウィーン市では、新しくゾーン20に指定したエリアで、通行者数の増加や商店の売り上げ増が立証されたため、経済団体主導で今後70以上の道路がゾーン20に指定される計画だ。

自動車の利便性向上こそが国と地域を強くする源泉だと信じて疑わない日本では、欧州と比較してまやかしの「人中心」の取組が進んでいる。まちの中心部では自動車の走行を大胆に是正する空間を構築しなければ、今後は世界的には魅力のない都市と評価されてしまうだろう。特に道路速度に対する認識の改め、道路空間も含めたまちづくりを行わなければ、空気・匂い・音・安全・経済・文化など目に見えない価値をも含めた統合的なまちの絵姿を描くことはできない。さらに、日本には自動車登場以前に作られていたまちが多いが、このスローで脱自動車ファーストのまちづくりは、それら歴史的地区が息を吹き返し、自身の価値や強みを発揮する土台になれると考えている。

 

<挿絵>著作者:macrovector/出典:Freepik

三重野 真代

三重野 真代

東京大学公共政策大学院交通・観光政策研究ユニット特任准教授/一般財団法人運輸総合研究所客員研究員。京都大学経済学部卒、LSE都市政策修士号取得。2003年国土交通省入省。『グリーンスローモビリティ』(学芸出版社)を編著出版。