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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

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公共政策の実務家を目指すなら「数学とのいい距離感」を見つけよう

加藤涼 客員教授 (from Japan) 客員教授

私は今年の10月から「公共政策のための数学(Mathematics for Public Policy)」という授業を担当しています。2019年から2021年までは「金融論(Financial Markets and Institutions)」「マクロ経済学(Macroeconomics for PP)」などの授業を受け持っていました。

前回までの授業は、世界中の教育機関が新型コロナウイルスの影響からオンライン授業に試行錯誤していた時期で、東大も例外ではありませんでした。私が担当していたのは修士1年生のクラスで、留学生の一部には東大のキャンパスを見たことすらない人もいたため、当時はまだ珍しかった「Slack」を使ってコミュニケーションを積極的に取り、「あなたは今、東京大学公共政策大学院の授業を受けているんですよ」という「つながっている感」を大事にしました。

2021年度の「オンライン・ハイブリッド授業グッドプラクティス総長表彰」(オンライン授業・ハイブリッド授業を実施する際に、優れた取り組みを行ったことを称える賞)を頂いたのも、そうした工夫が一因だったと思います。

10月から始まる「公共政策のための数学」は、高度な数学を学ぶのではなく、数学が公共政策実務になぜ必要か、具体的にどの手法が便利かを学ぶコースとなります。

私は25年間、日本銀行やIMF、バーゼル銀行監督委員会などで、公共政策のなかでもマクロ経済政策の実務に携わってきました。そのなかでも、一番長く経験してきたのが金融政策という分野です。

金融政策とは、物価を安定させるために、中央銀行が金利やマネーの量をコントロールする政策です。この政策を実施するには、GDPやインフレ率をある程度、予測する必要があります。

例えば、大谷翔平投手がボールをキャッチャーに向かって投げます。ホームベース上に達するまでの時間はおよそ0.4秒です。このとき、数学を勉強した人はニュートン力学が使えるので、大谷投手がボールを投げるスピードと方向がわかれば、0.4秒後にどこにボールがあるのかおおよそ予測がつきます。

これと同じで、微分方程式(ニュートン力学ほぼそのもの)を使えば、政策実務家は1年後のGDPやインフレ率をおおよそ予測できます。

もちろん、コロナパンデミックやウクライナ戦争のような突発的な出来事があると、予測は大きく外れます。このとき大事になってくるのが、予測不可能な出来事がいつ起きるのかを考えるのではなく、起きてしまった時に損失を最小限におさえることです。「いつ風邪を引くのかではなく、風邪を引きにくい体作りを考える」「風災がいつ来るのかではなく、風災に強い建築方法を考える」のと同じですね。こうした損失最小化(loss minimization)の方法を考えるうえでも、数学は大変役立ちます。

「公共政策のための数学」は、数学が好きな人だけでなく、「数学が嫌いではないが、自分は公共政策の実務家としてあまり時間を数学に割きたくない」と考えている人たちにも受けてほしいと思っています。

実は私も30年前の学部生時代、数学関係の仕事に就くつもりはまったくなく、むしろ数学は仕事にするうえではつまらないなと思っていました。

ただ、当時の経済学のある先生が、授業でおもむろに「IS-LMモデル(マクロ経済学の分析手法のひとつ)の均衡近傍で全微分を取ります」といって線形化の解説を始め、そこで一切の関数型――つまりマクロ経済の全体像――がわかっていなくても、ある政策変更があったとき、自分の知りたい変数がどう動くか計算できることに気づかされました。そこで「数学って便利だな」と思った経験があります。

私は数学者ではなく、あくまで数学のユーザーであり、その意味では授業を受けるみなさんと同じ立場です。だからこそ、実務における数学の普遍性や使い方のお話ができると思います。

この授業を通して、みなさんにも「数学とのいい距離感」を見つけてもらえたらいいですね。