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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

髙橋 竜一 髙橋 竜一

我が人生の「戦犯」を想う

髙橋 竜一
2期生(2007年3月修了)
法政策コース

今、私が暮らしているのは、東北地方の最南端、福島県の矢祭町という人口6000人弱の小さな町である。7年前、この地に居を移すまでは福島県には足を踏み入れたこともなかったし、矢祭町という町の存在すら知らなかった。勿論、12年前にGraSPPへの進学を決めた時には、自分がこのような道を歩むことになろうとは夢にも思っていなかった。

矢祭町遠景

そもそも、私は「将来の夢」ということをあまり真剣に考えない人間だった。なんとなく何かに追われるように「上」を目指さなくてはならないと感じつつ、その先で何をすべきなのか想像できずにいた。将来の夢を決めることから逃げ回っているうちに、赤門をくぐり、気付くとGraSPPの門をたたいていた。今更の告白ながら、まことにもって失礼極まりない学生だったなと思う。そんな学生だったから、GraSPPに入って何をしたいという強い思いがあったわけでもない。最新のニュースをネタに国際情勢を熱く語り合う同期や先輩たちを心底「すごいなぁ」と思いながら横目で見つめていた。文学部出身の自分にとって、国家一種試験などは自分と無縁の存在だと思っていたから、何をすべきかも分からなかった。これが12年前の私の姿である。

そんな自分がなぜか今、矢祭町にいる。この状況の「戦犯」はGraSPPに違いないと思っている。「戦犯」という言葉をチョイスはしたが、GraSPPには心底感謝している。それくらいGraSPPでの2年間は充実していたし、自分にとって貴重な時間だった。

文学部出身の門外漢にとってGraSPPの授業はすべてが目新しく興味深かったが、特に心ひかれたのが「公共哲学」の講義である。実務家教員のゼミなど刺激的な授業はたくさんあったが、なぜか2年連続して受講するほどにはまった。おそらく、ここまで公共哲学にのめり込んだGraSPP生は私だけであろう。ありきたりの結論にとらわれない自由な発想が単純に面白かった。おかげで私の発想力の幅も随分広がったが、その分、随分とおしゃべりな人間になってしまった。

GraSPPではよく酒を飲んだ。入学式当日に仲良くなった社会人学生のグループに誘われるまま、講義が終われば当たり前のように居酒屋や自習室で語り合った。たまたま入学式の席が隣と後ろだったAちゃんやN君らも巻き込んで、真面目な話もそうでない話も、時間を忘れて語り合うのが楽しかった。何か目的があったわけではない。もしかしたら周囲の人間はうんざりしていたかもしれないが、少なくとも自分は楽しくて仕方なかった。そういう毎日を送っているうちに、私自身の人生観もどんどん変化していった。一つの結論にこだわり続けることをやめ、いろいろな結論を楽しむことで、人生の選択肢が広がっていく気がしていた。結局、国家一種試験を受けることにした。こういう人たちとする仕事なら面白いに違いないと思ったのだ。試験日も試験科目も分からないまま試験に挑んだ。プレッシャーなく挑めたのが幸いし、何とか農林水産省に入省することができた。

これまで学んだことを生かしていこうと張り切って臨んだ社会人生活であったが、思いもかけないことがおきる。自分の進むべき道を見失ってしまったのである。自分が何のために働くのか。「農家を守りたい」「農地を守りたい」「農業を成長産業に」など、いろいろなフレーズが頭をかすめたが、どれもしっくりこなかった。全てが空虚に響き、その理由が分からず悩む毎日が続いた。そんな最中、農林水産省の2年目職員は農村派遣研修というものに参加する。1カ月程度の間、受け入れ農家の下で実際に農作業に従事するという制度である。自分の働く目標を見失ったまま、私は鳥取の梨農家にお世話になることとなり、それが私にとって最大の転機となった。鳥取での1カ月はとても素晴らしい生活だった。農村生活。それは決して同情されるべき悲観に満ちたものではなく、むしろ、いきいきとした人間味あふれるものに思えた。農水省という立場を抜きにしても「大切にしたい」と思わせる何かを持っていた。その結果、悪い癖が頭をもたげることとなる。

「農林水産省で何をすべきかにこだわるのではなく、農村という生活空間のために何ができるかを考えれば良いのではないか。」

何か自分にできることがあるように思えた。理想と現実の間で思い悩むこともあったが、最終的に自分が選んだ結論は「地方自治体への転職」であった。

こうして今、私は矢祭町で「持続的な農村生活」というテーマを胸に日々仕事をしている。12年前には思いもしなかった人生ではあるが、12年前よりも胸を張って生きているという実感がある。おそらくGraSPPでの2年間がなかったら、私はこのような選択をしていなかっただろう。私にとってそうであったように、今後いつまでもGraSPPが日本の行政に多様性を与える場、自由な発想の集まる憩いの場として発展していくことを願いたい。そして改めて、心からの感謝と若干の皮肉も交えつつこう言おう。「今の生活を私にもたらした戦犯、、はやはりGraSPPなのである」と。

 

 

八溝山天然林散策昼食会場にて司会

矢祭山(冬)