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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

洋上風力発電における合意形成の質を高めるために

By 山口 健介   

脱炭素に向けた自然エネルギーの活用のために、今後、洋上風力発電の導入が増えることが見込まれるが、長期間にわたる大規模な事業であるため、合意形成のための制度設計が重要になる。本論文では、現状の合意形成過程の課題が指摘され、改善のための提言がなされている。

「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けて、洋上風力発電の積極的導入が日本においても進められている。だが、これまで、海域の長期専有に関する統一的なルールがなく、特に、漁業者等との調整の枠組みが存在しないことが、導入の課題となっていた。

政府が目標とする発電量に達するため、今後、洋上風力発電事業の開発が加速していくことが見込まれ、スムーズな開発が必要とされているが、そのためにも、先行した地域における経験を踏まえた、全国的な制度設計への示唆が求められる。本論文は、先行地域の中から、秋田県を事例として、地元漁業者との合意形成の過程を解明し、現行制度の課題を抽出することが目的とされている。

洋上風力の促進海域は、経産大臣及び国交大臣による促進区域の指定と指針の作成の後、事業者の選定と計画の認定が行われ、最大30年の占用許可の下で事業が実施される。事業者認定にあたり、供給価格と事業実現性の項目で、それぞれ120点満点での評価が行われる。供給価格については、最も入札価格が安いものが120点となる。事業実現性の配点のうち、地域との調整に関する配点は、周辺航路、漁業等との協調・共生の10点分と、地域経済への波及効果の10点分であり、240点満点中、合わせて20点となる。

現行の制度設計に対しては、三点の課題が挙げられる。一点目は、事業者選定のための評点において、「地域との調整」が20点と低い配点になっているため、地域との調整能力が不足する事業者が選定される可能性を排除しない構造になっている点である。二点目は、誰がどのような形で合意形成を担うのかが、ガイドラインで規定されていない点である。ガイドラインでは、漁業者に洋上風車という概念を説明し、設置の合意を得るプロセスが、有望な区域に指定された後の協議会における議論ではなく、指定される前の事前調査の段階で行われると定められているが、合意形成を担う主体については明示されていない。そして、三点目は、ガイドラインの文言上から、本来含まれるべき利害関係者が合意形成から排除される可能性がある点である。

合意プロセスのケーススタディとして、本論文では、男鹿市・潟上市沖(天王支所)における事例が取り上げられている。インタビューは、天王漁協の漁業者と合意形成に取り組んだ先行事業者に対して、2021年11月から2022年3月にかけて計8回行われた。

先行事業者は漁業者との合意形成のための取り組みとして、漁業者への事業説明と賛否状況の把握を行った。当初、天王漁協の正組合員40人中、洋上風力事業への賛同者は2~3人で、残りは中立か反対の意見であった。合意の基準は2/3以上の賛同であったため、事業者は漁業者への訪問と説明を継続し、2019年から2021年2月まで、計3回の意見交換会を開催した。その中で、洋上風力事業が漁業との共存を前提にしているということや、建設期間の長さ、建設中の漁業補償など、具体的な点が説明された。また、反対者と中立者への個別訪問も行われ、意見が収集された。

反対者は当初、事業者が漁場に入ってくることへの嫌悪感と、漁獲減少への懸念から反対していた。しかし、事業者が漁業補償の具体的な金額や、海域への投石による魚礁形成の補助などの取り組みを提示することで、漁業者の信頼を得るようになり、賛同へ意見を変えていった。

この事例を踏まえて挙げられる、現行プロセスへの課題は次の二点である。一つ目は、現行制度では先行事業者が合意形成を行うが、それは公募での選定を約束するものではないため、最終的に実施される保証がなく、漁業者との合意形成に貢献した事業者が選定されない場合がある点である。このような状況では、先行事業者が事業者選択後の漁業補償にコミットメントしづらくなるし、漁業者は不確定要素を前提にしたうえで受け入れの是非を判断しなければならなくなる。

二つ目は、現行のプロセスでは、中立の漁業者が賛同へと意見を変えるためには最初から賛同している漁業者の存在が重要な役割を果たすため、先行事業者と漁業者に事前に面識があるかどうかという、偶然性が左右する点である。

これらの課題を踏まえて、本論文では、洋上風力発電を全国的に導入していくために、現行の合意形成制度に対し、次のような提言が行われている。
事業者選定の評価の際に、供給価格に関する配点が120点を占めるのに対して、漁業者との協調に関する配点が10点しかないため、合意形成の取り組みをより重視して評価することで、関連する取り組みを行った事業者が選定される可能性が高まり、予め提示された補償内容が履行されないリスクが低減するだろう。

一方、合意形成の取り組みが重視されるようになると、事前に提示される補償額が法外なものとなり、結果として補償履行の実現可能性が下がることも考えられる。確実な補償を担保するための施策として、事業者による漁業者への補償について一定の基準を設けることと、先行事業者が提示した補償内容を公開し、当該事業者が選定されたか否かによらず、選定事業者による履行を義務付けることが必要とされるだろう。補償額の算定を各事業者が適切に行うことは簡単ではないが、「セントラル方式」の考え方に基づき政府が行うことも考えられる。

 

なお、本論文の趣旨については、2023年10月10日(火)に開催した、東京大学海洋アライアンス 第18回「東京大学の海研究」シンポジウムにて述べられた。

山口 健介

山口 健介

東京大学公共政策大学院特任講師。1981年、東京生まれ、東京大学文学部卒業、同大大学院新領域創成科学研究科修士課程修了(国際協力学)、タイ・チュラロンコン大学大学院博士課程修了(タイ学)。専攻はASEAN地域研究、エネルギー・資源政策、レント管理論。論文に“Energy for Peace in Myanmar : a sustainable and inclusive strategy”(Myanmar Times ; ミャンマー語)、“Understanding the motivations behind the Myanmar-China energy pipeline: Multiple streams and energy politics in China”(Energy Policy 107)、“ Why economic sanctions in Myanmar is a bad idea”(PacNet )、Energy policy for peace(Elsevier)など。