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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

がんを患う医師は手術を受けることが少なく、生存期間も長い

By Stacey Chen   

かかりつけの医師が他の医師を診るときと同じようにあなたにアドバイスしてくれることを期待しますか?個人的に知っている医師の場合はどうでしょうか?東京大学公共政策大学院をはじめとする日本・台湾各地の大学の研究者らによる最近のディスカッションペーパー「医師による医師の治療:治療と生存における関係および情報の優位性」では、まさにこれらの疑問に答えようとしています。

台湾のがん記録を分析した結果からは、がんを患う医師は、医師以外のがん患者と比較して長期生存率が高く、手術や放射線治療を受ける代わりに標的薬治療を受ける傾向が強く、検査に費やす時間が少ないとともに保険適用時の自己負担割合も小さいことが示されている。

このような効果は、医師患者の間にある情報の非対称性がもたらす、医療におけるエージェンシー問題を強調するものである。また、このことは医療資源の最終的な配分にも影響を与えている。需要が医師主導であるという仮説は、過去10年間の研究により確立されている。近年の研究では、コミュニケーションや医師との信頼関係と治療への需要が結び付けられている。しかし、複数の医学的専門分野にわたって社会的関係性の影響と情報の優位性を分ける試みはまだ行われたことがない。

患者や医師の属性をコントロールしつつ、病院のがん入院患者を担当する様々な医療専門家を調査することでこの課題を克服した。同じ医師が担当する医師患者(physician-patients)に注目することで、ネットワーク効果と情報効果を分離することが可能となった。医師患者と主治医の関係が緊密であるほど信頼が高まり、前者ががんについて詳しくない場合に後者が集中治療へと誘導できることが多くなる。情報メカニズムは、生存率を高めるために集中治療ではなく標的治療を行うことを促す。治療の判断を支配する影響が情報の優位性であり、高い生存率につながっていることが明らかになった。

分析では、担当した入院者における医師患者の割合として測定する医師の選択性が医師患者によって選ばれた医師に大きく偏っていた点が大きな課題であった。加えて、一部の医師では経験を積むにつれてその選択性が大きくなったため、主治医と入院期間の両方をサンプル内で固定し、経時的なバイアスを最小限に抑える必要があった。2004年から2016年にかけて入院し一般的な治療を受けていた進行性がん患者には、300万人近い医師以外の患者と数百人の医師患者が含まれていた。

研究チームはこのデータを用い、複数のマッチングスキームを通じて医師患者による治療の選択や健康転帰に対する影響を評価した。これには、医師、病院、人工統計学的属性、病歴要因により一致した医師患者と医師以外の患者との比較も含まれた。治療の質の経時変化などの要因間の複雑な相互作用の検討は最近傍マッチング法により可能となった。

このコアマッチングにより、医師患者が受ける手術・放射線治療が医師以外の患者の場合よりも少ないと同時に、薬剤や標的治療に多額の費用を費やしていることが明らかになった。検査や手術にかかる費用は全体的に削減されていた。また、短期的および中期的な生存率も有意に高くなっていた。結果は、従来のモデルにより推定される全体的な予測と一貫していた。

観察された集中治療の減少と医師患者の生存率の向上を説明するために、いくつかの仮説を検討した。これらには早期診断、良好な健康状態、または医療過誤について起訴する可能性の高さなどが含まれる。これらは一つ一つマッチング推定値に対して検証し、説明として考えにくいという結論に至った。

研究チームは次に、学歴、臨床的な知識、リスク回避、医師に対する信頼などの他の患者群の間における影響力のある違いがマッチング法では観察されていないという最終的な可能性を検討した。また、治療が医師患者間で情報の優位性(informational advantage)または関係の優位性(relational advantage)により変化したかどうかを分析した。

主治医と同じ分野を専門とする医師患者は、専門的な交流の場で主治医と過去に出会っている可能性があるため、仕事上のつながりを持つものと見なした。自分自身が患うがんと関係する専門性を持つ者は、治療について詳しい知識を持っているものと見なした。患者背景をコントロールしつつ厳格なマッチングを行い、5棟の病院において11名の医師が担当した、強固な仕事上のつながりを持つ73名の医師患者と関係を持たない80名の医師患者を比較した。

研究チームは、関係の優位性により手術による治療、放射線治療、急性期治療、および緩和ケアが大幅に増えたことを明らかにした。これは、そのような患者において観察された短期的な生存率が劇的に改善されたことを説明している。関係の優位性と情報の優位性は両方とも医療費と標的治療への出費の増加につながっていたが、与えた影響は情報の方が大きかった。関係の優位性は、平均的な医師患者の検査費用の削減や、後の段階において手術や放射線治療を受ける可能性が低いことを説明する要因として除外された。その結果、情報の優位性による影響がこれらの治療判断に対して支配的であった。

研究チームが得た結果は、単一の専門分野を超えて関係の効果から情報の効果を初めて分離したものである。今後の研究では、医師患者と一致させる他の関係および情報のメカニズムを探究し、サンプルサイズを拡大することで、この先駆的な成果をさらに発展させることが考えられる。

本研究は、患者のリスク回避が、集中治療の過小評価と、集中治療を選ぶ可能性の低下に繋がっていることを裏付けた。これは、患者と医師の関係性を強め、信頼を構築しコミュニケーションの改善を図ることで軽減できる。情報の優位性がもたらすがん生存率に対する長期的な便益を強調し、医療におけるエージェンシー問題に関する研究に新たな側面を加えた。

関連リンク

“Physicians Treating Physicians: Relational and Informational Advantages in Treatment and Survival”
Stacey H. Chen, Jennjou Chen, Hongwei Chuang, and Tzu-Hsin Lin (Journal of Labor Economics, accepted on April 21, 2023)

Stacey Chen

Stacey Chen

Stacey Chen is a Professor of Economics at UTokyo Public Policy. Her research focuses on labor and development economics, emphasizing health, education, and inequality. She received the Japan Center for Economic Research Award in 2021, the Best Taiwan Economic Research Award from Tawain Economics Associate in 2019, and the Career Development Award from Academia Sinica in 2014. She co-founded the Health Cloud Project of Academia Sinica and the Applied Economics Workshop. Dr. Chen received her Ph.D. in Economics from the University of Rochester in 2002 and her undergraduate degree in Economics from the National Taiwan University in 1992.