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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

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人生の岐路で思うこと

Shin Shinogi (from Japan) Class of 2017

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人生の岐路だと感じた瞬間が二度ある。

一度目はGraSPPに入学を決めたとき。学部生のころから大学院に進学したい気持ちがあった。それでも、将来は研究者になろうか就職しようか決断できないでいた。そこで、二つの異なる大学院を受験した。一つは研究者養成コースで、も一つがGraSPPだった。幸運にも二つとも合格したが、結局悩みは振出しに戻った。さんざん悩んだ結果、GraSPPに進学することにした。これで純粋に研究者としての道を歩むことはなくなった。研究したいと思っていたテーマや、ぼんやりと思い描いていた研究者としての将来が一瞬で消え去った気がした。

二度目は現在の職場である外務省への入省を決めたとき。外務省と文部科学省のどちらに行くか悩んだ。どちらも自分の関心がとても高い分野を所掌しているため、なかなか決断できなかった。結果としては、(ほかにもさまざま理由はあるが、)外交の世界に身を置きたいと思い外務省への入省を決めた。外務省への入省を決めたときのことは、昨日のことのように覚えている。霞ヶ関から自宅までの帰り道、「いま人生の分かれ道だったな…」と半ば放心状態だった。

二度目の岐路が一度目の岐路の先にあったのだから、今の自分があるのは、GraSPPに進学してそこで学んだおかげということができる(かもしれない)。

GraSPPで私は何をしていたのか。留学の門戸が広く開かれていたり、実務経験豊富な先生方の授業があったり、充実したメニューが提供されていた。だけど、私自身は在学中に留学することもなく、実務家教員の授業を積極的に受講することもなかった。その意味で私はGraSPPのせっかくの特色を活用しなかった学生だった。

とはいえGraSPPでの生活に悔いは残っていない。机を占拠してはいけないのに私物を置いて占拠していた自習室の窓際の机が懐かしい。今ではGraSPPの新しい建物ができているみたいだけど、あのちょっと埃っぽい狭い部屋で私は在学中最も長い時間を過ごした。周りの人にも恵まれた。よく学びよく遊んだ2年間だった。自由な2年間だった。

私の今後はというと、仕事の在外研修でロシアに行くことになっている。この原稿を書いている時点でモスクワへ発つまでにあと二週間ほどしかない。次に日本に帰ってくるのは、在外研修、大使館勤務を経て、おそらく5年後になる。慣れない土地で、(勉強しているけれど)知らない言葉の中で暮らすというのは少し緊張する。ロシアに行くことになるなんてGraSPP在学中は想像もしていなかった。せっかくいただいた機会だから、月並みな言葉だけど頑張ろうと思う。ロシアにいる間にも、次の人生の岐路が待っているかもしれない。

二度の人生の岐路での選択が本当に正しい選択だったのか、この答えがわかるのはもっと先のことだろう。今のところ失敗だったとは思っていない。それぞれの岐路を文字にするとなんだかあっけないけど、どちらに進むべきかその都度悩んだ。悩んで考えて出した答えが大きく間違っているとは思わないけど、将来振り返った時に正しい選択だったと思うには、これからの自分の頑張りも大切だろう。

私は二度の岐路に立った時に、自分が分かれ道に立っていると強く実感した。これからGraSPPで学ぼうとしている方、今まさに学んでいる方には、人生の岐路に立っていると感じるときには、深く悩んでほしい。そして、分かれ道での選択が正しかったと将来振り返っても思えるように、その選択のあとも励んでほしい。これはGraSPPの皆さんだけではなく、私自身に向けたメッセージでもある。

(学位授与式、20173月)

(出張で行ったロシア・ウラジオストク、20189月)