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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

GraSPPers Voice

社会人進学のすすめ―キャンパスアジアという選択肢

Rio Hara (from Japan)

Sorry, this entry is only available in 日本語.

はじめに

他のキャンパスアジアプログラム参加学生にはない特徴が私にあるとしたら、その一つは、大学卒業後に一度社会人を経験してからGraSPPに進学したという点にあると思います。キャンパスアジアプログラムの社会人学生である私の視点から、進学を志した理由や留学先を含む大学院での学びについて振り返ることで、一人でも多くの方の進学や留学の後押しとなれば幸いです。

進学を志した理由―自分探しの旅

恥ずかしながら私は、入学前に具体的な研究テーマを持っていたわけではありませんでした。むしろ、それを探しに大学院にきました。

大学卒業後、希望した就職先で働いていましたが、社会人生活は想像していたよりも大変なものでした。仕事に忙殺されて、回し車を走るハムスターのように働いているうちにあっという間に月日が過ぎて行くことに、恐怖に近い感情を覚えました。人生の中で仕事の占める時間が非常に長いことを知り、だからこそ仕事を通じて何を実現したいのか、どんな社会を目指すのかについて改めて考えるようになりましたが、働きながらそのことについて深く考える時間を十分に確保することは困難を極めました。同時期に、最愛の親族の死を契機に人生には限りがあるということを悟りました。自分の人生で自分のためだけに使える時間も、もうそこまで残されていないかもしれないという焦りが芽生えはじめました。

悶々とした日々を過ごしていた時に、お昼休みに見ていたテレビで流れていた、日韓関係に関するニュースが目に留まりました。当時は「戦後最悪」と言われるほどに、日韓関係が冷え込んでいた時期でした。学部では社会学を専攻したものの、国際関係論、特に東アジアの外交問題にも関心があった私は、GraSPPのキャンパスアジアプログラム(以下、「CAP」と呼ぶ。)に参加して、それらについて、現地への留学も含めて、体系的に学びを深めたいという希望がかねてよりありました。学部生の当時は様々な事情で進学が叶いませんでしたが、ニュースを目にして、当時の思いが沸々と蘇ってきました。人生のミッションを考えようにも、この未練を残したままでは次のステップに進めないとの思いに至り、一年発起して大学院に出願しました。

結果は合格。満を持してGraSPPへ進学しました。最初にMPP/IPコースで1年間学んだのち、韓国のソウル大学国際大学院に1年間(ダブルディグリー)、中国の北京大学に半年間、留学の機会をいただきました。現在は帰国して、GraSPPに復学しながら修士論文を執筆しています。

大学院/留学先での日常

大学院生として過ごす日々は、入学前に想像していたよりもはるかに充実したものでした。働いていた時に欲しくて堪らなかった、落ち着いてじっくりと本を読んだり、物事を考えたりする時間を得ることができたのはもちろんのこと、学費を自分で払っていたということもあり、学部生の時以上に、学ぶことができる喜びを噛み締めるように味わいました。

また、実務を一度経験したからこそ、実現/実装可能性という視点を持ちながら、授業やテクストに向き合うことができたと感じます。ストレートで大学院に来た同級生や学部生の友人たちが、私の実務経験に基づく意見に関心を持って耳を傾けてくださったことも、とても嬉しかったです。同じく社会人を経て大学院に来た、様々な業界で活躍されている社会人学生の方々とのつながりもできました。GraSPP生としての学生生活は現在も進行中ですので、以下では特にCAPを通じて留学したソウル大学と北京大学での日々を振り返りたいと思います。

ソウル大学でのダブルディグリー留学

一年間在籍した韓国のソウル大学国際大学院では、主に国際関係論に関する授業を中心に履修しました。最初の半年で理論を中心に学び、後半の半年には事例研究として東アジア地域や日韓関係に特化した授業を履修しました。韓国の視点から国際関係について学びたいという入学当時の志願理由は日韓の立場の隔たりを意識したものでしたが、学んだ後には、個別の論点を除いて大局的に世界情勢を眺めた場合には、日本と韓国は同じ民主主義で自由主義陣営に属するという共通性が印象に残りました。

これらに加えて、ソウル大学内に併設された韓国語の語学学校にも通いました(ダブルディグリーの学生は授業料無料)。語学学校ではレベル別クラスに分かれて担任の先生が付くので、まるで高校生に戻ったかのような気分を味わいました。それも、韓国の文化に惹かれて世界中から集まった学生たちと同じ教室で共に学ぶのです。共通の趣味を持ちながら、平日の少なくとも半分以上を共に過ごしたため、瞬く間に仲良くなりました。韓国語の語学力が向上したのはもちろんのこと、韓国語を通じて世界とつながるという新鮮な体験をしました。文化は国境を超えると言いますが、改めて、韓国のソフトパワーの広がりとその魅力を実感しました。

 

北京大学での交換留学

北京大学の名所、未名湖

半年間滞在した中国では、その規模や政治体制の面で、日韓と比較した場合の相対的な異質性を感じました。とにかくあらゆるもののスケールが大きく、大学一つを例に取ってもキャンパスの広さは桁違いで、教室と寮を往復しているだけでも毎日1万歩近く歩きました(健康的!)。留学生の出身国も日韓と比べて多様であり、特に旧ソ連やアフリカ諸国などのいわゆるグローバルサウスの学生の層が厚いと感じました。

北京大学でも政治や外交に関する授業を中心に履修しましたが、授業の内容以上に社会を構成する原理原則の違いが印象に残りました。現地の中国人学生と外国人留学生の授業は分けられており、特に中国の学生が”外国人向け”の英語の授業を履修することは禁じられていると聞きました。大学で行われている授業はすべて録画されていたからか、先生方は授業中の発言に気を使われているような印象を持ちました。たった半年間の滞在でしたが、日本に生まれた私がこれまで当たり前のように享受してきた、言論や学問の自由の尊さを実感する機会となりました。

留学中の課外活動

これらの他に、授業外の時間を活用して、中韓両国で近現代史にまつわる博物館や史跡を訪問しました。一度の滞在で複数の地域に足を運び、じっくりと見て回ることができるのは間違いなく長期滞在のメリットです。戦前に日本人が多く住んでいた韓国の全羅道木浦と中国東北部の吉林省長春への旅は、特に忘れ難い訪問となりました。異国にいるということを忘れてしまうほどに、戦前当時の状態のまま、当時の日本人が使っていたと思われる建物が残されていました。そこでどのような日常が営まれていたのか、何を思ってその地を去ったのだろうかと、考えを巡らさずにはいられませんでした。ご関心のある方は是非一度足を運ばれることを勧めたいと思います。

大学院生活/留学を通じて得たもの―人脈とライフワーク

CAPによって得た重要な財産は、月並みではありますが、中韓を含む世界中の友人たちや各大学の先生方との出会いです。「学生」という肩書きは大変便利なもので、どのような立場の方とも、自分の率直な思いを伝えるフラットな意見交換ができました。韓国のソウル大学でも中国の北京大学でも、年下のストレートの院生たちが分け隔てなく仲良くしてくれたことはもちろんのこと、いずれの大学院にも社会人経験のある学生が多く在籍していたため、友人づくりに困ることはありませんでした。また、日中韓のすべての大学において、CAP生の親睦を深めるための食事会やフィールドトリップの機会が提供されているため、とても濃密な時間を中韓の学生と共に過ごすことができます。在学生同士の交流のみならず、卒業生を含めた交流会も定期的に開催されているため、CAPコミュニティへの参加を通じて沢山の先輩方とのつながりを作ることもできました。

もう一つ、私個人にとって大きかったのは、「ライフワーク」に出会えたことです。大学院に進学する前は、東アジアの外交/安全保障を専門とするのか、それともジェンダーを専門とするのか、どちらにも関心があった私は悩んでいました。GraSPPでの最初の一年間でジェンダーを中心に学び、ソウル大学と北京大学で国際関係論を学んで下した結論は、どちらもこれからも学び続けていきたいけれども、一旦はジェンダーに軸足を置いてみようということでした。というのも、韓国や中国の友人たちと過ごした日々のなかで思い出されるのは、国籍の違いによるすれ違いよりも、共通の社会問題への共感だったからです。ソウルの女たちとは、男性と女性の教員で授業態度を豹変させる同級生の男たちの姿に、一緒に腹を立てました。上野千鶴子の本の感想をSNSに載せれば、最も熱烈に「イイネ」を送ってくれたのは、いつだって中国の女たちでした。ある韓国の友人は、博士課程への進学を指導教員に相談した際に「子どもが欲しいならやめておけ」と言われたことに落ち込んでいました。そんな姿は、子育てしながら活躍する女性管理職の少なさに挫折感を覚えた自分と重なりました。

春木育美は、『韓国社会の現在』(中公新書、2020)という本の帯に「隣国の苦悩は、日本の近未来だ」と書きました。これまで欧米諸国を模範とする近代化を図ってきた我が国では、社会政策の面においても、他国の事例といえば必然的に欧米諸国が参照されてきたように思います。しかし、文化的には韓国や中国の方が近接であり、加えて経済的な水準も揃いつつあるのであれば、これほど魅力的な比較対象はありません。ある外交官は私に、「今の日中韓の若い世代は、お互いを対等な存在として見ている。そこに劣等感も優越感もない。これは素晴らしいことだ」と語りました。そんな私たちの世代がもたらしうる新しい連帯や交流のあり方に、期待が膨らみました。東アジアとジェンダーという2つの個性をこれからも大切にしながら歩んでいきたいと思います。

おわりに

長文でありがなら、ここまで読んでくださった方に心から御礼申し上げます。正直これでもまだ、CAPの思い出の1/10も書ききれていないくらいなのですが、私の体験記が、誰かのCAPへの関心の向上や応募の後押しとなることができたのなら、これ以上の喜びはありません。迷っている方がもしいらっしゃるのであれば、ぜひ挑戦してほしいと思います。激動の世界情勢と急速な社会変化の真っ只中で、今この瞬間に、あなただからこそ成し得たCAPの経験談を、どこかで聞かせていただけることを心から楽しみにしています。

【付記】

本稿は筆者の個人的見解であり、所属機関の公式見解を示すものではありません。