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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

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社会科学的なアプローチで労働現象を研究する楽しさを知ってもらいたい

川口大司教授 (from Japan) Professor

私が専門としている労働経済学は、経済学の統一的なフレームワークを使い、労働の現象を説明する学問です。労働は私たちの生活に密接に関わっているものであり、政府が行っている国勢調査などをはじめ、データが豊富にあります。それを使って分析をしてみると、教育水準と所得の関係などがわかります。こうして得た結果をもとに、政策の意思決定につなげることが労働経済学の意義です。

例えば、教育に公的資金をつぎ込むかを決めるにあたり、教育投資が生産性向上に与える影響を知る必要がありますが、一定の仮定を置くと、教育水準と所得の関係から教育の生産性効果を知ることができます。もちろん、データ分析によって得られた結果が、そのまま必ずしも政策に生かされるという単純な話ではありません。最低賃金を例にとって説明しましょう。

経済学者は、伝統的に、最低賃金を上げると雇用にマイナスの影響があるので、賃上げに慎重な姿勢を取ってきました。実際、日本のデータを使って実証分析をすると、最低賃金法が2007年に改正されたとき、東京・神奈川・大阪・北海道など最低賃金が上がった地域で若い男性の雇用が減ったことがわかっています。しかし、賃金が上がらない状況を打破することが経済政策の中心になるにしたがって、最低賃金を引き上げることに対しての政治的な圧力が高まっています。自民党から共産党に至るまですべての政党が最低賃金の引き上げを支持している中では、最低賃金を引き上げることになります。労働経済学から得られた知見が、必ずしも反映されていない例ですが、民主的な政策決定とはそういうものだと思います。

ただ、政策決定の過程で労働経済学から得られた知見がまったく使われていないわけではなく、議論の材料を提供しているのも事実です。また、懸念される若年男性の雇用減少に対応した政策を考えることもできるでしょう。学術的に得られた多様な結果を踏まえながら、民主的な手続きを経て政策が決定されていくのは、仮に最終的に得られた結論が自分自身が提案しているものと異なっているとしても、健全だと思っています。

私は二つの授業を担当していて、そのひとつが計量経済学です。今のような最低賃金の例などを交えて、計量経済学が具体的にどのように使われているのかをなるべく話すようにしています。もうひとつが実務家教員と協同して担当している事例研究ですね。何人かのグループを学生に作ってもらい、計量経済学で学んだことを実際にどのように使うのか、地方自治体の担当者と一緒にプロジェクトをやることを通して経験してもらっています。

例えば以前、山梨県の自治体から、コロナの感染対策と、それによる経済活動の影響の結果についての調査依頼がありました。当時、山梨県では他の自治体と異なるコロナ感染対策を行っていました。休業補償をしない代わり、感染予防を徹底すれば時短営業をしなくてよい、としていたのです。その効果に関する調査の依頼でした。ほかの近隣の都道府県と比較調査したところ、山梨県は感染者数をおさえつつ売上の減少も限定的だったということがわかったのです。この結果は実務家教員の方、学生3名との共著論文としてScientific Reportsという学術誌に発表しました。

労働経済学ではデータをもとに分析を行いますが、分析の前提となる仮定を立てる際は社会科学的なアプローチを取ります。仮定は外からもってくるものであり、データからは検証のしようがないので、現実的にもっともらしいのか判断するには社会常識や経済理論が必要になるからです。

私はもともと社会科が好きで、立てた仮定を演繹して予測を立て、それをデータを使って検証するアプローチが面白いなと思っていました。実証研究に関心があったことが、今の主たる研究分野になっています。ですので、同じように、実証研究に関心があり、経済学に取り組んでみたいという人には、労働経済学は面白い分野かなと思います。経済学の理論的・数理的な側面よりも、社会科学的な側面により強い関心を持つ人に向いた分野だと言えるでしょう。

一方で、こういうと今話したことをひっくり返すようになってしまうのですが、労働経済学の本質的な面白さを理解するためには、数学をある程度理解する必要があるんですよね。理解を深めれば深めるほど面白い分野なのは間違いないので、GraSPPに入ることを検討している人は、ぜひ数学を身につけて、挑戦してもらいたいなと思っています。