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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

経済が兵器化される時代における日本の新たな科学技術政策

By Kazuto Suzuki   

安全保障・外交・戦略研究所(Centre for Security, Diplomacy and Strategy)が最近出版したポリシーブリーフでは、岸田文雄首相の新しい経済安全保障に関する法律の狙いを明らかにする(「Japan’s Resilience: Toward a New Tech Policy for the Age of Economic and National Security」)。敵対国による経済的な強制を背景に、本法律はサプライチェーンや重要インフラを守りつつ、ハイテク研究や機密性の高い特許に関する官民協力のチャネルを支援するために急いで成立したものである。このブリーフでは、軍事力への潜在的な影響について考察し、日本が政策を活用して軍民両用技術を育成できるかどうか問いかけている。

2022年に提案され2023年4月に発効した日本の経済安全保障法は、世界の新しい経済秩序への挑戦に対する対応である。米中のライバル関係は、市場経済を形作るために両国がより大きな力を行使していることから、自由貿易の基本的な原理を脅かしている。ロシアによるウクライナへの侵攻とその後の経済制裁により、モスクワは天然ガスを西側諸国に対する「武器」として使うようになっている。このような複雑な状況において、自由貿易の理念の上に現代的なアイデンティティを構築してきた日本のような国には、新しい政策手段を迅速に準備することが求められていた。

サプライチェーンと重要インフラの保障

岸田首相の経済安全保障政策を支える四本の柱の一本目はサプライチェーンのレジリエンス(回復力)であり、これは尖閣諸島をめぐる緊張が高まっていた2010年に中国が行った希土類の輸出禁止などの前例を踏まえている。中国やその他の国々への依存度を下げることは、そのような経済的な国家戦略に対する防衛として必要なことである。日本は国際的な低炭素産業ブームによる需要の増加の下、中国製ソーラーパネルや蓄電池の主要輸入国となっている。このことは、日本の経済安全保障を強化するために連携のとれた科学技術政策が必要であることを強調している。

政府は重要な保護領域として「半導体」「クラウドサービス」「電池」「永久磁石」「工作機械/産業用ロボット」「航空機部品」「重要鉱物」「LNG」「海洋成分」「抗生物質」「肥料用資材」を指定している。安価な生産が可能な国々に対し競争優位性を得ることに日本が苦労している中、政府は多大なコストを支払ってでもセキュリティリスクの高い領域へ介入する権利を確保すべきである。

これは、政策の二つ目の柱である重要インフラの安全性と信頼性とも結びついている。中国製機器は次世代5G通信ネットワークの展開においても重要な構成要素となっている。対立が生じた場合に中国の当局が通信を傍受、さらには遮断してしまう可能性に関する懸念の声が高まっている。それに伴う、米国などの国々による中国製機器の購入を禁止する動きは、別の場所でこのようなインフラを手に入れるためにかかる多額の費用という根本的な懸念に対処していない。したがって、日本は、日本の基礎科学や技術政策を保護措置として方向転換させることで和製5G機器のコスト競争力を高める必要がある。競争優位性が新規技術の開発に根差しているというこれまでの考え方は、コスト削減におけるイノベーションも含めるよう拡大させなければならない。

最先端の機密性の高い技術に向けた官民協力の誘導

科学や技術の面では、政府は学界と産業界の間における最先端の官民研究を指導することで、戦略的に我が国の競争力を戦略的に支援しつつ輸入への依存を減らすことを試みる。これが新しい経済安全保障政策の三つ目の柱である。重点的分野としては、これまでに発表されているAI、ロボティクス、先進センサー、先端エネルギー技術を含む海洋、宇宙、サイバー、およびバイオ技術における研究開発のビジョンが中心となる可能性が高い。

これとともに、セキュリティに関する懸念に関係する指針も発表される可能性が高い。学界や企業の研究者は機密性の高い技術が軍事目的で外国政府により利用されてしまうリスクを積極的に監視しないため、新しい経済安全保障推進法では、そのような技術が関わる特許の開示を防止するシステムを創出する。これが新しい政策の四つ目の柱である。

内閣官房内に新たに設置した経済安全保障推進室は、文科省や総合科学技術・イノベーション会議を含む、技術について責任を負う数々の政府部門を横断してこれらのガイドラインを調整することを試みる可能性がある。しかし、権限を合理化させなければ、新たな枠組みも現行制度の重複や非効率をさらに悪化させてしまうであろう。行政改革という難題は、法案を迅速に提出することを選んだ政府により回避されている。これらの状況下では、経済的なセキュリティの懸念を取り込んだ一貫性のある戦略的な技術政策の追求が短期的に進展する可能性は低い。

軍事能力や技術移転への影響

新しい政策から、日本の技術の方向性について二つのインパクトを読み取ることができる。第一に、防衛省の関与を伴うことなく学界との代替的な連絡のチャネルを提供するという隠れたアジェンダである。日本は、防衛省が関わる共同プロジェクトについては高い道徳的な意義を長らく求めてきており、「自衛」という姿勢が射程の短い能力しか持たないの兵器システムの開発には限られていた。また、学術研究と防衛技術研究は分離しており、学術界は努めて防衛省の研究開発からは距離を置いていた。しかし、現在の軍事技術がAIやロボティクスなどの新興分野を取り込むにつれて、軍民両用技術の可能性について民間の研究と協力する必要性が高まっており、新たな経済安全保障政策により間接的なパイプラインが与えられている。

第二に、経済安全保障のリスク軽減の措置は諸刃の剣であり、R&Dの機会を創出しうる一方で追加の規制がイノベーションを阻害することにもなりかねない。機密情報(特定の外国人留学生や研究者による機密性の高いプログラムへの参加に対する制限の提案を含む)の漏洩を防ぐために定められた規則は、科学研究の自由な流れに悪影響を及ぼす可能性が高い。また、サプライチェーンに改革をもたらす政策が単に依存対象をある外国から別の外国へと移転させるだけでないことを保証するよう注意が必要である。台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー(TMSC)のケースのように、外国の製造業者に生産施設を日本に建設するよう招待することは、リスクや依存関係を軽減させる手段の一つである。

経済的レジリエンスに向けた再結集の統一

国家の権力と市場の関係性の変化やサプライチェーンの流用は従来のビジネスのやり方にとって脅威であるものの、日系企業はそのコストの一部として地経学的リスクを検討し始めている。貿易が兵器化されてしまうリスクのバランスを図るために、これらの企業は法律における重要項目のスコープを狭めるよう政府に求めている。ビジネスとの明確なコミュニケーションには細心の注意が払われ、岸田首相の経済安全保障推進法の成功に欠かせない要素である。

Kazuto Suzuki

Kazuto Suzuki

立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年から現職。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)で2012年度サントリー学芸賞(政治・経済部門)。