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東京大学公共政策大学院 | GraSPP / Graduate School of Public Policy | The university of Tokyo

「やってる感」のある政策を正すためにはどうすれば良いのか?

By 岩本 康志   

「やってる感」という言葉で政策が批判されることがあるが、「やってる感」という批判をするためには、その概念をしっかりと定義したうえでなければならない。本論文は、その「やってる感」という概念を学術的に分析して考察したものである。

安倍政権や菅政権など、近年の政策に対して「やってる感」という言葉が、メディアなどでよく見られる。この「やってる感」という評価について、これまで学術的な分析は十分ではなかった。

本論文は、行政事業レビューの評価者になったとして、評価事業が「やってる感」で実施されているだけではないかと思った場合、どのように指摘すればよいかという問題意識から、「やってる感」の問題を経済学的に検討したものである。

行政事業を評価するとき、その事業が「やってる感」で実施されているだけだと感じたとしても、学術的に分析されていなければ、「やってる感で政策が実施されている」という指摘をしづらい。しかし、学術的に定義されていれば、政策の「やってる感」の理由を考察し、政策を正す方法を見いだせるようになるだろう。

行政事業レビューの際の「やってる感」の問題はどのように生じるのだろうか。まず、評価する側からすると事業の効果はないのに、行政側は事業の効果はあるとして、意見がすれ違う点である。費用対効果がすぐれた政策が実施され、人々もそのように感じるときには「やってる感」の問題は生じない。だが、有権者は効果が高い政策が実施されていると思っているのに実際には効果が劣る政策が実施されている場合にも、「やってる感」が生じる。政策当局が見かけの効果を高めることで、有権者に効果が高いと誤認させることで満足させる場合もあるだろう。

このことから、「やってる感」とは、(1)真の費用対効果は悪いが、見かけの費用対効果が良いと誤認された政策が実施される、(2)誤認した有権者を満足させるために実施されるという特徴を持つと考えられる。

政策評価の観点からすると、他の選択肢よりも費用対効果が劣る政策が実施されることは問題になる。このような状況が生じるのは、政策の費用対効果の評価の難しさから、有権者が十分な情報に基づいて合理的に判断できているわけではないことが理由として考えられるだろう。また、政策当局者が有権者を満足させるために「やってる感」を出す事例も一般的だと考えられるが、当局が真の効果を誤認している場合と、真の効果を知っているのに有権者の見解に合わせている場合の二つのタイプが存在するだろう。後者の場合には、有識者と当局が協力して有権者の誤認を是正することが問題の解決策となり得るだろう。

「やってる感」で政策が採用される理由を、行動経済学の「ヒューリスティック」の概念から説明できる。複雑な政策の効果を正確に理解して評価するためにはかなりの労力が必要とされるが、ほとんどの人は綿密に分析することなく、経験や先入観から直観的に判断し、簡略化してとらえるため、真の効果を認識できない。そのような場合には、見かけの効果が「目立つ」政策が採用されることになる。さらに、ヒューリスティックによって生じる「認知バイアス」は、政策の効果を誤認した有権者にその真の効果を理解してもらうことを難しくさせてしまう。

費用便益分析における非対称情報と嗜癖が存在する場合の計測と同様に、有権者が政策の価値を正しく把握できず、実際の効果よりも高く評価してしまっているとき、その政策に「やってる感」が生じた状態だといえる。多くの人が高く評価する政策に対して「やってる感」を指摘して介入することは、民主主義の失敗を指摘して是正することともなる。民主主義の否定を避けるためには、民主主義的手続きを尊重し、有権者や政策当局に真の効果を認識させるように働きかけることが求められるだろう。

一方で、民主主義を尊重するならば、有権者が真の効果を誤認しているとしても、見かけの効果を無視することは適切ではないとも考えられる。その場合、有権者は実効性がないものに対して効用を得ているということになり、政策が一種の「エンタテインメント」として価値があると評価されることになる。しかし、そのような考え方がどれだけの支持をえられるかは未知数だ。

「やってる感」が生じる原因となる、政策の真の効果と見せかけの効果の差を立証するのは難しい。評価者が「やってる感」を立証するためにも、「やってる感」の理論的基盤を普及させることが重要になるだろう。

「やってる感」を生じさせる政策を是正するための温情主義的な介入が良い方向に導くといえるためには、禁煙したくてもできない喫煙者の選択に対して将来の健康被害の観点から介入することが社会的に支持されるのと同様に、「やってる感」の政策効果の誤認について有権者が後悔しやすい状態になることが根拠となる。だが、政策ごとに異なる「やってる感」に基づいて、政策効果を後悔するデータを蓄積するのは難しいかもしれない。

「やってる感」を是正するためには、その政策の問題を専門的に立証するだけでは有権者に伝わらない。有権者に対して有効なのは「『やってる感は間違ってる』感」を出すことではないだろうか。

真の費用対効果の認識の難しさが「やってる感」を発生させる大きな理由となっているということは、真の費用対効果が正しいと有権者に認識させることの難しさの理由ともなっている。それでも、従来の温情主義的介入の正当性を立証する試みと同様に、この困難を乗り越えていくべきであり、。「やってる感」による政策の実施を正す試みは、民主主義的手続きを尊重しつつ、民主主義の失敗を指摘する手段をとることが妥当である。

 

関連リンク

「『やってる感』の政策評価」*
*日本財政学会第79回大会(2022年10月8日・9日、東洋大学)の報告論文

岩本 康志

岩本 康志

1991年、大阪大学経済学博士。京都大学経済研究所助教授、一橋大学大学院経済学研究科教授などを経て2005年から現職。専門分野は公共経済学とマクロ経済学。最近では、社会保障と政策評価の研究に従事する。著書に『財政論』(培風館、2019年)、『健康政策の経済分析』(東京大学出版会、2016年)、『マクロ経済学』(有斐閣、2010年)等。